2018年1月 8日 (月)

【きょうの調べ物】1972年の年賀切手とお年玉切手シート

知人に教えてもらった、今年の年賀はがきにまつわること。

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(公財)日本郵趣協会の2017/11/3のツイートhttps://twitter.com/kitteclub/status/926280784041988096

イヌのフジさんの年賀はがきには、犬の鼻に「フじ」(富士)の文字が隠されています。消印の犬の足跡の爪には「FUJI」(富士)があり、下の部分にはマイクロ文字で「あけましておめでとうございます」が隠されています。

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うーん・・・・・・・・・見えん。老眼と近眼の合わせ技では、この程度のルーペではどうにもなりませんでした(^_^;) 皆さま、お確かめください。

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ここでふと気づいたこと。昨年6月に郵便料金の改定があり、第二種郵便物(はがき)は、52円から62円に引き上げられました。ただ、年賀特別郵便(年賀はがき)については52円に据え置かれました。今年限りの激変緩和措置というわけではなく、今後もそのようになるようです。

このように、通常の料金と年賀状の料金が異なる、ということで思い出したのが、1972(昭和47)年の年賀切手とお年玉切手シートです。

この年の2月1日にも郵便料金の改定があり、はがきは7円から10円に引き上げられました。年賀切手は前年の12月に発売され、このときの額面は7円です。

お年玉切手シートは、抽選日が1月15日、20日から引き替え開始です。で、はがきの料金の引き上げを控えているということで、お年玉切手シートは額面10円で作成されました。額面10円の「年賀切手」が、当選者しか入手できないとなると公平を欠くということで、一般にも発売されました。

そういう経緯で、1972年の年賀切手は、額面の異なる2種類が存在するのです。実際には、額面10円の年賀切手は、年賀状の用途には使われなかったと思うのですが…

▼前年(1971/12/10)に発行された年賀切手(額面7円)

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▼1972/1/11に発行された「年賀」切手(額面10円)

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▼お年玉切手シート (1972/1/20から引き替え)

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http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000004091/
http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000004092/
http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000003652/ct287/page1/recommend/

その例で行けば、今年も年賀状は52円、通常は62円と、料金が異なるので、もしかしたらお年玉切手シートは額面が62円になるのか? と思ったのですが………

………意外に年初の郵便料金改定は、その後も何回もありましたが、お年玉切手シートが改定後の料金の額面で作成されたことはありませんでした。

1976(昭和51)年1月25日 (10円→20円)
http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000004096/
http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000003656/ct287/page1/recommend/
年賀切手もお年玉切手シートも額面は10円。

1981(昭和56)年1月20日 (20円→30円)
http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000003661/ct287/page1/recommend/
http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000004101/ct285/page1/recommend/
年賀切手もお年玉切手シートも額面は20円。

1994(平成6)年1月24日 (41円→50円、62円→80円)
http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000004124/ct286/page1/recommend/
http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000004125/ct286/page1/recommend/
http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000003674/ct288/page1/recommend/
年賀切手もお年玉切手シートも額面は41円+62円。

したがって、今年もそのようなことはないようです。どうしてそのような経緯になったのかわかりませんが、1972年だけのことのようです。

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これらのことを調べていて初めて知ったのですが、通常のはがきと年賀状とで料金が異なる、というのが以前にも、しかも割りと長い間存在したのでした。

1951(昭和26)年11月1日に郵便料金が改定され、はがきはそれまでの2円から、通常は5円、年賀は4円に改定されました。そして、1952(昭和27)年の年賀状に限っては2円に据え置かれたのです。この料金は、1966(昭和41)年7月1日の郵便法改正ではがきの料金が7円に引き上げられるまで続きました。

▼1952(昭和27)年の年賀はがき (額面は2円)

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▼1953(昭和28)年と1954(昭和29)年の年賀はがき

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右の1954年用の年賀はがきには、「12月14日以前、1月11日以後に差し出すとき、年賀状としないときは1円切手を貼り足せ」との注意書きがあります。

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以上、きょうの調べ物、でした。

https://twitter.com/kitteclub/status/926280784041988096https://twitter.com/kitteclub/status/926280784041988096https://twitter.com/kitteclub/status/926280784041988096

【きょうの調べ物】三和信用金庫(東京)

都内の各地で時折見かける古い街区表示板。1960年代後半のものと推測しています。

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http://egotadp.biz/region/ichiichi/114_nakanoku.htm

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三和信用金庫(東京)は、1991年に東海銀行(当時)に合併されました。三和信金は債務超過の状態にあり、救済のために吸収合併されたものでした。バブルが崩壊し始めた時期で、中小金融機関は大手金融機関が救済する、という手法をとっていることでした。

組織再編対価の柔軟化と合併本質論 : 企業結合法理の再構築に関する試論
(井上能孝/九州法学会会報 2007)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kla/2007/0/2007_47/_article/-char/ja/

本店は新中野駅の近くにあったとのこと(現在は中野警察署の仮庁舎)。しばらくは東海銀行新中野支店として営業していましたが、東海銀行と三和銀行が合併してUFJ銀行ができた2002年までには消滅していたようです。UFJ銀行は、2006年に東京三菱銀行に救済合併され、三菱東京UFJ銀行となりました。

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(官報 平成3年6月28日)

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三和信用金庫の店舗は、本店(新中野)、南中野、幡ヶ谷不動、中村橋、南長崎、徳丸、戸田、台東、日暮里、三ノ輪、品川、本蓮沼、中野弥生町にあったとのこと。

南長崎にも店舗があったとのことで検索してみたところ、このような記事が…

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全昌院
http://www.zenshoin.com/

週刊 「へぇーそ!五郎久保」 第 39号
http://www.zenshoin.com/category8/category16/blog39.pdf

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以上。きょうの調べ物でした。

2018年1月 6日 (土)

「保険金が使える」という住宅修理サービス

先月から、自宅界隈に出没してます。直接訪問1回、チラシ投げ入れ2回。

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どう見ても怪しいので団体名で検索してみたら、団体のサイトの前に、注意喚起のページが続々とヒットしました(^_^;)

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「保険金が使える」という住宅修理サービスのトラブルにご注意ください!
(独)国民生活センター
http://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20140627_1.html

住宅の修理に関するトラブルにご注意
(一社)日本損害保険協会
http://www.sonpo.or.jp/news/caution/syuri.html

"無料で住宅修理"トラブルに注意
(NHK生活情報ブログ)
https://www.nhk.or.jp/seikatsu-blog/800/140773.html

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この団体・・・

(一社)住宅修繕保険申請支援機構
http://hoken-shinsei.net/

・・・なんですが、所在地で検索すると、バーチャルオフィス(机貸し)でした。https://www.1sbc.com/branch/kojimachi/

やれやれ。

2017年12月31日 (日)

大掃除で発掘された小ネタ

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1990年頃の葛西臨海公園のチラシ。この頃東京03の電話番号は、9桁と10桁が混在していたなー、というのを思い出しました。9桁が一斉に10桁に切り替えられたのは、1991年の元日でした。年またぎのテレビ番組で、繰り返し告知していたのを記憶しています。

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1994年頃の豊島プールのチラシ。豊島プールは老朽化により2000年に休止、その後廃止。現在は南長崎はらっぱ公園に。

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ハイルバードは、西落合にあった健康ランド。2004年頃に閉店。現在は、光学機器を扱う会社が使っています。建物(外観)は当時のままなので、中がどうなっているのか、いつも気になってます。

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中野区立江古田児童館のチラシ。江古田児童館は2010年までに廃止。跡地は保育園になりました。

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2010年に廃止された慈正会病院のパンフレット。病棟の増築工事の途中で経営が行き詰まり、ながらく放置されていた記憶があります。現在は別の法人が事業を継承し、総合東京病院になっています。

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1994年12月の秋葉原の電気店案内図。まさに秋葉原が電器の街だった時代の最後の頃。いちいち比較するのが難しいぐらいの変貌ぶり。



2017年12月30日 (土)

生命保険会社/保険持株会社のリストを更新しました。

12月1日に、カーディフとアフラックの日本法人化の準備会社に免許が付与されました。両社とも2018年4月に移行の予定です。

アフラックは、日本法人化された会社を子会社とする持株会社についても免許されました。

http://egotadp.biz/insurance/seiho.htm

http://egotadp.biz/insurance/holdings.htm

変遷表、変遷図は、日本法人の営業開始のあたりで更新することにしています。

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ところで、アフラックの準備会社の名称は「日本法人化準備生命保険株式会社」という、素っ気ないものですが、設立当初は「日本法人化準備株式会社」と、さらにシンプルなものでした。

保険業法に、


(商号又は名称)
第七条 保険会社は、その商号又は名称中に、生命保険会社又は損害保険会社であることを示す文字として内閣府令で定めるものを使用しなければならない。

・・・とあり、同施行規則に・・・
第十三条 法第七条第一項に規定する生命保険会社であることを示す文字として内閣府令で定めるものは、生命保険とする。
・・・とあります。準備会社で生命保険業の免許を受けようとするときに、うっかり「生命保険」の文字を入れ忘れたことに気づいたのではないか、と思います(設立は2017/1/30。10/10商号変更)。

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損害保険会社のリストを更新しました。

2018/1/1に予定されているAIUと富士の合併=AIG損保、2018/4/1に予定されているカーディフの日本法人化、2017/12に認可されたスティームシップ・ミューチュアル(P&I専業)を反映しました。

http://egotadp.biz/insurance/sonpo.htm
http://egotadp.biz/insurance/hensen_sonpo.htm
http://egotadp.biz/insurance/hensenzu.htm
http://egotadp.biz/insurance/tree/20171230_sonpoTree_A.pdf

AIU、富士は、年末年始の連休を使って、システム移行の真っ最中の様子。

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2017年12月20日 (水)

CDMDL for Windows Version 4.3をリリースしました

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クレジットカード番号のチェックディジットを計算する機能を追加しました。また、全般に計算式の表現を改善しました。

ずいぶん前に実装していたのですが、どういうわけかコメントアウトしてました。なんでだろう?

ダウンロードはこちらから。
http://egotadp.biz/products/CDMDL/index.htm

2017年10月28日 (土)

【錦糸町界隈】鎮守稲荷が復活

2014年1月に書いたもの。

【錦糸町界隈】鎮守稲荷大明神
http://egotadp.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-38b0.html

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その後、稲荷を含む周辺の店舗が取り壊され、相鉄系のホテルが建設。まもなく完成の見込み。そして、きょう通りかかったら、鎮守稲荷が復活してました。

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2017年10月19日 (木)

ニュース映画と「更迭」のニュアンスの変化

戦前~戦後を通じて制作されたニュース映画「日本ニュース」を1号から順に見ています。これまで、テレビ番組で細切れに見たことはありましたが、最近はネットで公開されたものを無償で見ることができます。

戦争証言アーカイブス - ニュース映像https://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi

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1940年から始まって、いま見ているのは1941年の春。

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「更迭」というと、いまでは「前任者の失態により交替させる」といったネガティブな意味で使われるのが一般的ですが、もともとは単に入れ替えを意味するものでした。

ということを知らなかったので、日本ニュース第39号(1941年3月9日公開)で「支那派遣軍総司令官更迭」の字幕を見たときは、何かやらかして飛ばされた、ぐらいに思っていたんですが、ニュースの内容はそうではない。なんでだ??? と思って調べたら上記のようなことでした。

「更」はかえる、あらためる、「迭」はたがいに(かわるがわる)の意の文字なので、どちらにもネガティブな意味がない。

第39号の見出し。「時局の新段階に即応して、軍体制の強化を目指す陸軍の3月定期異動は、1日付けで発令。西尾大将に代わって支那派遣軍総司令官となった畑俊六大将は事変処理の決意も固く、同日晴れの親補(しんぽ)式に参内いたしました。」

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第41号の見出し。「支那派遣軍総司令官として重任を全うすること1年6か月、事変下最初の凱旋(がいせん)の礼をもって迎えられる西尾寿造大将は、3月17日午前10時48分、東京駅頭に武勲赫々(かくかく)、晴れの入京第一歩を記しました。」

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現代ではこのように、「更迭」された人が「凱旋」というのは、ちょっとそぐわない表現になってしまいます。

「迭」の字を含む熟語は「更迭」以外にはおよそ見られないのに、当用漢字表にも常用漢字表にも含まれています。

「法令用語の改正の方針」(昭和29年11月25日 法制局総発第29号)でも、「似た意味のことばは統一して用いる」の例として{交代・更代・交迭*1}→交代、が明示されています。であれば、当用漢字表の選定の方針では「迭」の字は除外されそうなものですが。

※文中、支那はママ。
*1文化庁で公開されている文書では「交迭」。他に「更迭」としたものもあり、誤植かどうか未確認。「交迭」と「更迭」は同じ意味の熟語で、本来であれば「{交代・更代・交迭・更迭}→交代」とされるべきであったか。

少額短期保険業者のリストを更新しました

少額短期保険業者のリストを更新しました。
http://egotadp.biz/insurance/shogaku.htm

▼エール少額短期保険(株)

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リストにはすでに載せておりましたが、10月6日付で金融庁の業者一覧に追加されました。

▼パーソナル少額短期保険(株)

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賃貸物件の家財・賠責を扱っています。珍しいのは、不動産業者ではなく保険代理店が母体で、ダイレクト販売をメインにするようです。

▼JID少額短期保険(株)

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こちらも、賃貸物件の家財・賠責を扱う会社で、11月1日から営業開始となっています。こちらも珍しいのは、家賃保証会社が母体となっているところ。すでに相当の不動産業者と取引があるでしょうから、かなりのアドバンテージになると思われます。

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