2018年5月20日 (日)

【きょうの調べ物】狂犬病予防法と動愛法~小樽市の問題にふれて

横井さん、という猫がいました。ツイッターをやっている猫飼いの人ならたいていは知ってるはずの猫なんですが、1年ほど前に急逝。その横井さんを最初に保護した札幌市の団体、ツキネコのブログをこまめにチェックしてます。

最近の記事、小樽市の問題を伝えたい⑥ (2018/5/18)が気になってあれこれ調べてみました。問題の要点は、小樽市の保健所には犬の収容施設はあるが、猫のはない。そのため、引き取った猫は(ボランティア団体による引き出しがかなわない場合は)すぐに殺処分せざるを得ないのが実状。

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まず、狂犬病予防法と動物の愛護及び管理に関する法律(動愛法)では、実施の主体の規定が微妙に異なります。

                         
狂犬病予防法(地域保険法) 動愛法
都道府県 都道府県
政令で指定する市 指定都市 指定都市
中核市 中核市

小樽市
町田市
藤沢市
茅ヶ崎市
四日市市
大牟田市

政令で指定する市
(現在は指定なし)
特別区 政令で指定する特別区
(現在は指定なし)

狂犬病予防法に基づく犬の収容施設は、都道府県または保健所が設置されている市、特別区が担当します。保健所が設置されていない市町村は都道府県が担当します。

動愛法に基づく犬・猫の収容施設は都道府県または指定都市、中核市が担当します。指定とし、中核市以外の市区町村は都道府県が担当します。

したがって、保健所設置市で指定都市、中核市以外の市(狭義の保健所政令市または地域保険法施行令第一条三号で規定されていることから三号市、と呼ばれます)と特別区には、犬の収容施設はあるが猫のはない、ということになります。

動愛法第32条の2では、都道府県知事(指定都市、中核市の市長)は「引き取るべき場所を指定することができる」としており、北海道では「道立保健所」を指定しています

ところが、(当然ですが)道立保健所は保健所設置市は管轄していません。北海道の保健所設置市のうち、指定都市である札幌市、中核市である函館市、旭川市は、動愛法の業務について市の条例で規定しており、札幌市市役所、市立函館保健所、旭川市動物愛護センター「あにまある」が、それぞれの市の窓口になっています。北海道では小樽市だけが猫の引き取りの担当から、すっぽり抜け落ちているのです。

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このような現象は、小樽市以外の三号市や特別区でも起きていそうですが、調べてみるとそうではなさそうです。

                                       
窓口収容施設
特別区東京都動物愛護相談センター 本所
三号市町田市町田市保健所東京都動物愛護相談センター 多摩支所
藤沢市藤沢市保健所神奈川県動物保護センター
茅ヶ崎市茅ヶ崎市保健所
四日市市四日市市保健所三重県動物愛護センター「あすまいる」
大牟田市大牟田市保健所

上表のように、特別区は保健所には窓口はなく、都の収容施設が窓口になっています。大牟田市は保健所が窓口で収容施設も設置しています(譲渡事業も行っている)。その他の市は保健所が窓口で、引き取った動物は都県の収容施設に移送されます(譲渡事業も行っている)。

どうも、保健所設置市と都道府県とで連携ができていないのは、小樽市と北海道だけの現象のようです。

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小樽市に猫の収容施設がないのは法令にしたがってのことで、現状はやむを得ないような気がします。小樽市保健所でもこのことを問題にとして、なんとかしたいと思っておられます。

第一には、動物の収容について定める2つの法律で差異があること。動愛法第35条でいう「その他政令で定める市(特別区を含む。以下同じ。)」で、三号市(必要であれば特別区も)指定して、狂犬病予防法と平仄を合わせるべきではないか、と。

第二には、動愛法第35条の2にしたがって、北海道知事が引き取り場所を指定するときに、道立保健所だけでなく、三号市が設置する保健所も指定するべきではないか、と。

全国の他の市区の例を見る限り、後者のほうに原因があるように思えます。

しかし、小樽市で引き取った動物は道立保健所に移送するというのは現実的ではないでしょう。小樽市が属する後志管内の保健所は倶知安保健所と岩内保健所です。

小樽市保健所を引き取り場所に指定し収容施設を設置する(譲渡事業も行う)方策を講ずるべきではないでしょうか。

2018年4月19日 (木)

CSVEX (VBA)をリリース & vbTextCompareとvbBinaryCompare

昨日、CSVEX (VBA)をリリースしました。
http://egotadp.biz/products/CSVEX/index.htm

CSVファイルをExcelのシートに貼り付けるツールです。
シフトJISとUTF-8、LfとCrLfに対応しています。
Windows7(32)+Excel2010(32)とWindows10(64)+Excel2010(64)で確認しています。

Csvex_ss_50pc


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ところで、なかでInstr関数やSplit関数を使っているのですが、文字列の比較の方法を指定するパラメタがあります。これまで、特に考えなしにvbTextCompareを使っていたんですが、大量データでテストしていたら、なぜか途中でずれる。

▼使ったデータ
事業所の個別郵便番号データ (郵便局)

ずれる箇所はすぐ特定できました。200行目の「北海道いすゞ自動車」です。

Img035_50pc

どうも踊り字の「ゞ」が原因のようです。文字列の比較の方法の違いは読んだことがあったのですが、

・vbTextCompare:「大文字と小文字」、「半角と全角」、「ひらがなとカタカナ」を区別しない。

・vbBinaryCompare:「大文字と小文字」、「半角と全角」、「ひらがなとカタカナ」を区別する。

区別するもしないも、何番目に出現するのか、で何を区別するの? とおもって「する」より「しない」ほうが、多少は効率がいいんではないの? ぐらいの気持ちで前者を使ってました。

ところが、上図のように実験してみると、

20180419_192029

のように、違いが出ました。「ゞ」は、見た目は全角の文字です。

20180419_191605

シフトJISなら0x8155、内部ではUnicodeで処理されているはずですが、その場合もU+309E。半角と全角を区別するも何もないはずです。試しに「ゝ」で試してみると、

20180419_192137

こちらは違いが出ない。

原因はわからないのですが、vbTextCompareだと「ゞ」を「ゝ」+「゛」の2文字分カウントとしているようです。なぜだ。

であれば「ズ」(全角1文字)や「ズ」(半角2文字)でも違いが出るような気がするのですが、出ません。同じ踊り字の「ヾ」も「ヽ」+「゛」の2文字分カウントされてます。

まあ、vbBinaryCompareを指定すれば何ら問題ないので、解決なんですが、どういうことなんでしょう。

2018年4月16日 (月)

【切り抜き】公文書改ざん、加計問題、日報隠し 「倒閣」だけでは解決せず 東浩紀さんに聞く(毎日)

Facebookに書いた記事で引用した記事。
https://www.facebook.com/mochizuki.kazuo/posts/1169371256533237

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特集ワイド

公文書改ざん、加計問題、日報隠し 「倒閣」だけでは解決せず 東浩紀さんに聞く

評論家の東浩紀さん=東京都品川区で2018年4月11日、丸山博撮影

 木を見て森を見ず--。国会は全体を見渡す視点を失っていないか。次々と発覚する政権を巡る不祥事に、野党は安倍晋三首相の責任を追及している。だが、民主主義の危機を感じている評論家の東浩紀さんは「トップだけ代えても解決しない」と見る。問題の本質はどこにあるのか。【小松やしほ】

安倍晋三首相(右)。左は麻生太郎副総理兼財務相=2018年4月11日、川田雅浩撮影

民主主義国家の基礎は脅かされた 末端の現場も処罰すべきだ

 東さんのオフィスは、東京・五反田にあるビルの一室。壁一面は書籍で埋まっている。落ち着いた雰囲気の中で、穏やかならぬ言葉を口にした。「今回の財務省による公文書改ざん問題で、民主主義国家の基礎は脅かされたと言っていい」

 いきなり厳しい現状認識を聞いて戸惑いの表情を浮かべたからなのだろうか、東さんは説明を続けた。「国会が、行政府に求めて差し出させた文書に改ざんがあったということは、立法府による行政府の監視が働いていないということ。つまり三権分立が機能していないという状態であり、民主主義の危機なのです」。憂いは深い。

 学校法人「森友学園」への国有地売却を巡る問題が発覚した1年前は、三権分立が揺らいでいると認識していなかったばかりか、しばらくすると問題に対する関心も失っていたという。

 問題発覚当初は安倍政権による違法な便宜供与の有無が疑惑の焦点だったが、違法性は明らかにならなかった。「野党やメディアの追及は違法性から『忖度(そんたく)』に変わっていきました。忖度にこだわる野党の戦略は『反安倍感情』に依存したポピュリズムにしか見えなかった」。堂々巡りの論戦が続く国会に対し「そろそろ“政局劇場”はやめるべきだ」といら立ちにも近い感情が湧き上がった今年3月。公文書改ざん問題が明らかになり「事態は一変した」。政府が国会に偽造した文書を提出したことはあまりにも衝撃的だった。

 この事態に安倍首相の責任を問う声は根強く、政界では「内閣総辞職」というシナリオもささやかれている。しかし、東さんは「安倍首相が退陣しても問題の解決にはならない」と断言する。トップを代えるか否かという問題はいわば「木」だ。東さんがもっと見極めなければならないと考える「森」とは何か? 「行政府を預かる官僚の体質が問われています。これを機会に文書改ざんができてしまう体質を変えなければならない」

 森友関連の文書では14件、約300カ所もの改ざんがあった。当然、誰かが責任を取って処罰されるものと考えていた東さんは3月13日付の毎日新聞の記事に目を奪われた。検事だった郷原信郎弁護士のコメント。「公文書の信頼性を著しく損なう許し難い行為だが、刑事罰に問うのは容易ではない」との指摘だった。その記事には、公文書を書き換えても作成した職員の同意があれば公文書偽造や変造の罪には当たらない--などとも書かれていた。

 「今回の件は、官僚の誰かが実際に文書を改ざんしたわけです。キーボードを打ったこと自体が国民への裏切りであり、その人が特定され処罰されない限り、同じことは繰り返されてしまう。組織のトップを処罰するのは当然ですが、末端の現場を処罰することも大切です。安倍政権を倒すことに注力するあまり、改ざんに手を下した現場の官僚を免責にしてはなりません」。きっぱりと言い切った。

 現場が処分されることになれば、さらに隠蔽(いんぺい)体質を強める--。そんな疑問が湧く。東さんはこう答えた。「現場を処罰しない方が、未来に対してダメージが大きい。上司の指示通りに行った改ざんが発覚したとしても、上司が守ってくれるという悪い前例ができてしまうことになります」

 そうはいっても上司の命令に「ノー」は言えないのが世の常。しかも上司が人事権を握っていればなおさらだ。それを分かった上でも東さんの考えはぶれない。

 「もし上司から『コンビニで食べ物を盗んでこい』と命令されたら実行しますか? しないでしょう。なぜなら自分が処罰されると分かっていますから。処罰されると分かっていれば人は不当な命令に従いません。従って上司も命令できなくなる。逆に命令できるということは、犯罪に手を染めても、上司がかばってくれるという“信頼”があるということですよ」

 防衛省のイラク日報隠し、加計(かけ)学園問題を巡る首相官邸の関与疑惑……安倍政権の不祥事発覚に歯止めが掛からない。東さんは「政権の指示が明らかになれば無論、内閣総辞職など責任を取る必要はある」と見ている。それでも、野党は安倍首相が関与したかどうかの追及、さらに内閣を倒すことに関心を持ちすぎていると感じている。一言で表現すれば「単純な世界観になってしまっている」。

 誰が実際に公文書を改ざんしたのか。誰からの指示だったのか。その追及が中途半端に終わっていることに違和感を持っている。「公文書は国民の財産であり、民主主義の根幹をなす文書です。それを偽造するのは許されません。だから現場で携わった人を特定して、具体的に命令方法などを明らかにする必要がある。佐川宣寿前理財局長ら財務省幹部が関与したか否かだけでなく、改ざんの場所はどこか、時間はいつか、命令は口頭だったのかメールだったのか、全て明らかにしていく。ボトムアップで細部を解明していく姿勢こそ必要です」

 現場の責任を追及すれば「トカゲのしっぽ切り」だけに終わってしまうのではないか、という危惧がある。政府・与党が「森友学園問題は、政治家や官邸は関与しておらず、財務省理財局が主導した」という形で幕引きを図っている、と語られているだけに現場の末端だけに責任を押し付けることにならないだろうか。

 東さんは「なるかもしれません」とあっさり言う。「でも大事なのは未来です。今回の件でしっかり処罰しておけば今後の抑止力になります。いざとなったらしっぽを切られる、自分たちは守ってもらえないと官僚が気づけばいい。官僚の体質が変わって、自分たちの仕事を国民が見ていると思うような状況をつくることが重要なのです」

 倒閣運動だけに終わるのか、それとも官僚組織を変えるきっかけになるのか。この国は岐路に立たされているのかもしれない。


 ■人物略歴

あずま・ひろき

 1971年、東京都生まれ。東京大大学院博士課程修了。99年「存在論的、郵便的」でサントリー学芸賞。2010年「クォンタム・ファミリーズ」で三島由紀夫賞。17年「ゲンロン0 観光客の哲学」で毎日出版文化賞。

2018年4月 9日 (月)

ココログの本文への画像貼り付けを自動化

ココログ(このブログ)に画像ファイルを貼り付けるのは、数のような手順でやります。数が多くなると結構面倒。

[イメージを挿入]→[参照]→[ファイルを選択]→[開く]→[画像の挿入]

20180408_kokoupss


この一連の操作を、いまはやりのRPAで自動化することにしました。

うそです。Excel VBAです(^◇^;)

フォルダを指定して上のボタンを押す
→フォルダにあるファイルの一覧が表示される
→貼り付けたくないファイルがあれば削除
→下のボタンを押す。

20180408_7

すると、かっちゃこん、かっちゃこん、と順にファイルを貼り付けていきます(動画)。

ソース自体は200行程度なんですが、とにかく正解がないから試行錯誤。丸一日かかりました。シンプルなHTMLならスムーズに行きそうだけど、JavaScriptとか、ちょっと変わったコントロールが使われてると、つらい。

2018年4月 8日 (日)

鉄道会社のアプリと列車位置情報

3月下旬に「西武線アプリ」がリリースされました。鉄道会社の公式アプリは、最近は「列車位置情報」を参照する機能がほとんどについています。国交省が音頭をとって推進しているからですが、西武のそれはほかとはちょっと違ってました(^◇^;)

西武線は池袋線も新宿線も、さまざまな種類の編成が走っていて、同じ形式の編成でも、さまざまなラッピングがされているんですが、いま走っているのがどの編成のどのラッピングか、というのがわかるようになってます。

▼西武

Seibu_2

列車のアイコンをタップすると、詳細画面はこのように。どこそこへ行くのにどの編成で、というのは意識することはないはずので、ほぼ趣味的? とはいうものの、よく頑張って作ったな、と思います。

Screenshot_20180331195319_50pc_5

他社では、せいぜい抽象的な図形に列車の種別が表示されている程度。

▼阪急

Hankyu_14

▼京急

Keikyu_2

▼京王

Keio_2

▼小田急

Odakyu

▼東武

Tobu

▼東京メトロ

Tokyometro

▼東急

Tokyu

▼JR東日本 (山手線)

Yamanotesen

▼JR東日本の首都圏以外 (PC)

Jreasttohoku_6

関東の大手私鉄では、京成と都営がまだです。

関西でも、阪急、阪神などで導入が始まっています。

▼JR西日本

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▼近鉄
Kintetsu_2_3

以上、みたままでした。

ところで、画像をぺたぺた貼っただけのこのページ、実は最新のテクノロジーで作られていたりします。それについては別の記事で。

2018年4月 4日 (水)

【今日の調べ物】昭和二十二年 帝都消防出初式

自社のニュース映画のサンプルをYouTubeにたくさんアップしている中日映画社が、「昭和二十二年 帝都消防出初式」をアップしました。

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https://youtu.be/yxs6tvv5_pE

映画を作ったのは「警視庁消防部予防課」。この警視庁は、自治体警察に再編される前の、内務省の地方部局としての警視庁で、消防業務もここが管掌していました。

翌、1948(昭和23)年に、消防業務が自治体に移管され、東京消防庁の前身である東京消防本部が発足。警視庁は特別区を管轄とする旧警察法による警視庁に変わります。

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上記URLのキャプションに、式の会場が「東京球場前」とあるのですが(ナレーションからの書き起こし)、これは「東京、宮城前」の誤記です。これが調べ物のきっかけ。戦後なのに「帝都」、「宮城」という表現がされているのに違和感があったためです。

1947年1月といえば、新憲法施行前で、それでなのかな程度の気持ちでしたが、「宮城(きゅうじょう)」の呼称は、明確に規定されていることがわかりました。

昭和23(1948)年7月1日の官報に、宮内府告示第13号として「皇居を宮城と称する告示は、コレを廃止する」とあります。

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この告示にしたがって、明治21(1888)年の官報を見てみると、10月27日号に宮内省告示第6号として、「皇居御造営落成に付自今宮城と称せらる」と。

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ということで、映画の出初式が実施された昭和22(1947)年1月の段階では「宮城」の表現は誤りではないことになります。

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一方「帝都」のほうは「帝国の首都」という一般的な表現のようで、法的な裏付けはなさそうです。法令の名称に「帝都」の文字を含むのは、下記のとおりわずかです。

(1) 帝都復興院官制、帝都復興審議会官制
 1923(大正12)年の関東大震災からの復興を目的とした「帝都復興院」は、東京と横浜の都市計画、都市計画事業の執行を担当していました。

(2) 帝都防空本部官制
 昭和18(1943)年11月制定。翌年、警視庁に業務が移管されて廃止。帝都の範囲についての定めはないが、このような経緯から、東京都を帝都の範囲としたと考えていいでしょう。
https://www.digital.archives.go.jp/das/image/F0000000000000042040
https://www.digital.archives.go.jp/das/meta/F0000000000000042824.html

(3) 帝都高速度交通営団法、同施行令
 東京メトロ(東京地下鉄株式会社)の前身。株式会社化にともなって、組織、法令とも廃止。

2018年4月 3日 (火)

アフラック、カーディフ(生・損)の日本法人が営業開始

4月1日付で、アフラックとカーディフ生保、カーディフ損保の日本法人が営業を開始。これにともない、リストを更新しました。損保の変遷図は週末に。

▼損害保険会社
http://egotadp.biz/insurance/sonpo.htm

▼損害保険会社の変遷 (保険会社コード)
http://egotadp.biz/insurance/hensen_sonpo.htm

▼生命保険会社
http://egotadp.biz/insurance/seiho.htm

▼生命保険会社の変遷 (生命保険会社コード)
http://egotadp.biz/insurance/hensen_seiho.htm

▼保険持株会社
http://egotadp.biz/insurance/holdings.htm

▼損害保険会社の変遷図 (図D)
http://egotadp.biz/insurance/hensenzu.htm

▽カーディフ損保

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▽カーディフ生保

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▽アフラック生保

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なお、外国生保で支店方式で運営されているのは、(実質)チューリッヒ生保だけになりました。

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少短のリストも更新。NP少短がメモリード・ライフに合併。アイアイ少短がライフエイド少短に改称。リロ少短がホームページを開設しました。

▼少額短期保険業者
http://egotadp.biz/insurance/shogaku.htm

▽メモリード・ライフ

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▽ライフエイド少短

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▽リロ少短

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このほか損保では、3月上旬の報道ですが、損保ジャパン傘下の通販自動車保険専門の2社を、2019年7月をめどに統合。そんぽ24の契約を順次セゾン自動車に切り替えていくとのこと。

2018年4月 1日 (日)

少短あれこれ

昨日(3月31日)は土曜日でしたが、珍しく金融庁からニュースリリースが。さすがは年度末。

「保険業法施行令の一部を改正する政令の一部を改正する政令」等についてhttps://www.fsa.go.jp/news/30/hoken/20180331.html

少短業者の経過措置が3月末で切れるので、その延長。この件は以前にも触れていますが(2017/9/1のエントリ9/13のエントリ)、昨年秋の特別国会では継続審査に。結局今国会でほかの日切れ法案とともに一括で処理されたようです。

経過措置が5年間延長されるともに、上限金額がさらに圧縮されました。

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とはいっても、各社のホームページを見る限り、死亡保険金に関してはほとんど本則の上限に収まる商品ばかりで、上限圧縮による影響はなさそうですが、どうなんでしょう。損保商品や賠責は、今回の改正で2000万円に(本則は1000万円)。費用保険や賠責が2000万というのは、少々心許ないような気がします。この部分だけ損保の商品と組み合わせる、と行ったような対応が出てくるかも。現在も「賠責1億円」を標榜している商品があって、実際にどうしているのか気になります。

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T&Dホールディングスが、傘下のペット&ファミリー少短を、早期に損保化する方針を打ち出していますが、これも上限額が制約になってのことのようです(記事)。

一方、先日、朝日火災の買収を発表した楽天ですが、3月23日には、ペット保険のもっとぎゅっと少短の買収を発表しました (記事)。「楽天少額短期保険(株)」に改称の予定、とのこと。いろいろ問題のあったペット保険ですが、少短制度によって世間の認知が進み、ペットブームともあいまって、ずいぶん注目されるようになりました。

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3月1日日付で、生命保険、医療保険を扱うエイチ・エスライフ少短がふくろう少短に改称。昨年、澤田ホールディングスの傘下から、商品先物のフジトミの子会社に異動していましたが、それにともなって社名が変更されたものです。

ふくろう少額短期保険(株)

20180401ss00001

リストも更新しました。
http://egotadp.biz/insurance/shogaku.htm

2018年3月16日 (金)

【昼暗渠】最勝寺の北側の水路跡

(承前) 【昼暗渠】妙正寺川支川(中井駅付近で合流) その2
http://egotadp.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/2-638d.html

中井駅の近くで妙正寺川に合流する支川については、上記の記事にあるとおりです。わりと最近(といっても5~60年前)の地図で水路を示す水色の線があるものは、たいていは容易にたどることができます。【地図1】の緑色の線がそれにあたります。

【地図1】

Nakai1

この支川には、さらに時代を遡るといくつかの支流があることがわかっています。上の地図では、緑色の線が妙正寺川に合流する手前でほぼ直角に曲がるところから、東の方に伸びている青色の細い線はそのひとつ。この支川は戦後(5~60年前)の地図にも、戦前のにも描かれておらず・・・

【地図2】

Nakai1taisho

大正期の地図まで戻って、ようやく現れます。【地図2】のA-B-F-Gの線がそれにあたります。このあたり、妙正寺川に向かって斜面になっているところで、現在は民家がびっしり建っていますが、この頃は川の両側はほとんど田んぼですね。

こんな古い水路の痕跡なんて、もう見つけることは無理だろう、と思っていたのですが、仕事場の行き帰りや昼休みに出歩くと、どうも怪しいポイントがちらほら・・・試しに地図の重ね合わせを細かくやってみると、どうも行けるんじゃないか、と。

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で、まずは、緑色の線がほぼ直角に曲がる部分。東方向。右(北方向)に妙正寺川。右手の段差に沿って水路があったものと思われます。

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これをまっすぐ進むわけにはいかないので迂回すると…

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説明しづらいので、先にまとめの地図を。A-B間は通れないので、北側を迂回します。

【地図3】

Nakai1goomap

すると、手前の民家と奥の段差(石垣)の間に空間が。

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ここまでの写真では、いまひとつわかりにくいかもしれませんが、【地図3】のB地点から見ると(西方向)、民家と段差の間に、明らかに区切られた空間があります。手前が下流にあたるので、標高差の説明がつきませんが、最近建てられた建物の裏に当たる部分は、補強のためのかさ上げをしているのかな、と想像してみます。

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このスキマの空間の所有がどうなっているのかは、さっぱりわかりません。

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B地点からC地点へ(北方向)は下り坂。左側に側溝がありますが、水路は左手前から右方向へ(あるいは右端に)流れていたのではないか、と。

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C地点まで降りたところ。

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その右端。なんとなく水路跡の雰囲気。右側は一段高くなっています。

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この駐車場の部分は直接に見ることができますが・・・

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段差は、落合第五小学校の敷地になってたどることはできなくなります。【地図3】C-D間の点線の部分です。

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学校の南側を迂回してD地点へ。

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ニャン渠

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D地点から西方向。校庭の南側の段差に接するところが、たぶん水路跡。左手からの流れが、中央の木のあたりで手前にほぼ直角に曲がっていた、と思われる。

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D地点から落合第五小学校の裏門に降りてきたところ。右の方(東方向)に、山手通りをくぐる通路があるのですが、水路はここを通っていたのではなさそう。

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D地点から山手通りの向こう側(東方向)を見たところ。ここからは、水路がどう通っていたのか、判然としません。

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ということで、山手通りを渡って見ると、なんとなく雰囲気が。E地点。

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左側(南方向)は一段高くなっています。東京信用金庫中井駅前支店を含むマンション。

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その北側のマンションの敷地に吸い込まれて、たどることはできません。

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かなり遠回りして、中井駅北口の通りに。商品が陳列されていてわかりにくいのですが、たぶん、右側の青果店と左側(南側)のマンションの間が水路跡ではないか、と。F地点。

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段差をのぞき込むがスキマはもはやありません。

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F地点から中井駅方向(北方向)へはなだらか下り坂。水路は左側にあったと思われます。心なしか、道が左方向に膨らんでいるような…

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寺斉橋を渡って妙正寺川の対岸からG地点を見たところ(南方向)。F地点からG地点に至ったところに樋管が見えます。ふさがれてしまっていますが。

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橋の下の樋管は現役。あるいは洪水対策で地下神殿に通じる排水口?

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近くにもう1個、低い位置に樋管がありますが、大江戸線の漏水を流しているとのことです。

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D地点に戻って位置を確認。背後の落合第五小学校の校庭の南端からまっすぐに山手通りを突っ切り、右の東京信用金庫と左の民家の間につながっていたものと思います。

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かなり昔に消滅した水路の痕跡を、ほぼほぼ全線で見つけることができたのは予想外でした。

2018年3月11日 (日)

【昼暗渠】妙正寺川支川(中井駅付近で合流) その3

(承前)【昼暗渠】妙正寺川支川(中井駅付近で合流) その2
http://egotadp.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/2-638d.html

上の記事で、「大正あたりまで遡ると、それ以外にも黄色の線のような水路があったようです。といっても宅地化する前なので、どの程度痕跡があるものか。」と書きましたが、どうにも気になって、雨が降りそうなのに確認に行ってきました。

下の地図で、緑色の線に黄色の線がくっついているところです。

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▼緑色の線が突き当たりで右(東)に直角に曲がるところ。

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▽突き当たりの建物と手前の建物の間にスキマが。西方向。

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▽幅的にも道義的にもここを通る勇気はないなー。

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▼ということで、大回りして反対側に。東方向。

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▽左側は新宿区、右側は私有地の境界標。

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▽少し奥に入ったところの右側にある境界標は新宿区。

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▽ということは、この舗装の部分は新宿区道。とはいうものの、左側の民家からは丸見えで、とても通り抜ける気にはなれません。

しかし、緑色の線だけでなく黄色の線(水路)についても、痕跡があることがわかりました。角の所はいつも車が止まっていて、先週通過したときも、その奥は気にしたことがありませんでした。きょうは車が止まっていなかったのが幸いしました。

舗装も塀も金網も、最近のもののようですが、数年前に一度来たときは、どんな状態だったのか…

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▼その「新宿区道」を抜けたところから反対側を見たところ。西方向。こちらは通り抜けられる様子ではありません。

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▽迂回して反対側に向かう途中。このあたり、山の斜面を削った所ですが、奥の段差のところが水路跡か?

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▽反対側に回ったところ。東方向。上の写真の灰色の壁の上の部分です。

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▼その反対側。西方向。なにやら妙な扉が。

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▽扉の用をなさない。

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▽蓋がけ暗渠?

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▽塀の手前に水路が。南方向。塀の向こうは民間のマンション。手前は都有地。以前は以前は都営住宅があったようです。といっても集合住宅ではなく木造の1戸建て。現在は、都営上高田四丁目アパートに姿を変えています。

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▽立ち入り禁止の空き地を迂回したところ。東方向。

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▽立入禁止ではないので歩くことはできますが、通り抜けるのは困難。

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▽西方向。歩けます。右側は民間のアパート。

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▽ここから先も進むことはできそうですが…

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▽なにかの作業場のようです。

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▽ここでまた空き地(都有地)を迂回。

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▽反対側に。東方向。

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▽同じ地点で西方向。この塀の先は(旧)住宅・都市整備公団が建てた上高田4丁目団地。ここから先は痕跡はなさそう。

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▽同じ地点で南方向。山の上は寺院や墓地のなかに住宅が点在するところ。

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なんともないようですが、この時点でかなり強い雨が降っています。きょうはここで中断。

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▼この記事でたどったところを、goo地図に線を引いてみました。

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A-B間が私有地のスキマの新宿区道。C-D間が都有地の蓋がけ暗渠。

▼最近の航空写真。C-D間の南側は民間のマンション。その南は寺院と墓地。暗渠と民間のマンションのスキマに民間のアパートが数棟。

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▼1963年の航空写真。上の写真のマンションのうち、中央の一棟がすでに完成していた様子。暗渠の北側は家屋がびっしり。たぶん都営住宅です。いまでは想像つきにくいですが、木造1戸建ての都営住宅が、30年ぐらい前まではまだあちこちにありました。いまではほとんど鉄筋コンクリートの集合住宅に建て替えられてしまいましたが。

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▼1947年の航空写真。すでにこの時点で妙正寺川の流路整備は完了しています。青色の線は水路跡の一部で、今回痕跡があることを期待して引いたのですが、それとして見つけることはできませんでした。

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翌日、雨も上がり、改めて周辺を歩いてみましたが、これ以外の痕跡はなさそうです。民家やアパートの敷地のかたちに、なんとなーくそのような雰囲気がなくもないですが、立ち入ることができない場所だったりして、確認はできません。

そもそも、黄色の線が地図に現れるのは100年も前のことで、このあたり一面が水田だった頃の話。民家の敷地のスキマのような区道だったり、側溝のような蓋がけ暗渠を見つけることができただけでも、とても心躍るような出来事でした。

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おまけのニャン渠。塀のスキマで偶然目が合ったフッサフサ。

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▽風邪引き猫。すんごくかわいい声で鳴く。

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