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2010年12月

2010年12月30日 (木)

合同住宅がついに閉鎖

合同住宅がついに閉鎖になりました。撮影は今朝ですが、実際には火曜日の日中には閉鎖されていたようです。

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さて、さしあたって気になるのがバス停の名前、「合同住宅前」がどうなるか。

国立中野病院が廃止になる前は「国立療養所中野病院前」で、数年前にいまの名前に変わったのですが、さてどうなるか。

「江古田×丁目」は1から4まですでに使用済み。特に周囲にポイントとなる建物もなく・・・

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2010年12月26日 (日)

新金線

一つ前の記事で新金線のことを書きましたが、ここも一度は行ってみたいと思っています。

東京街道踏切で西井堀の写真を撮ったあと、小岩駅に向かう途中で再び新金線を横切りましたが、ここは踏切ではなく立体交差。ただ、橋脚は複線を前提に作られているのに気づきました。

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Wikipediaの「新金貨物線」の項によれば、全線で複線の敷地が確保されているとのこと。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E9%87%91%E8%B2%A8%E7%89%A9%E7%B7%9A

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上は、2007年の貨物時刻表。1日4往復。葛飾区議会でも旅客化の提案がなされたようですが、JRは採算性を理由ににべもない様子。

西井堀(東京街道踏切)

昨日、新小岩駅近くの西井堀の跡をたどってから、中川を北上、上平井水門+中川水門を見てから本田ポンプ所を経て中川通水記念公園で一通りの行程を終えました。これで、中川は、荒川ロックゲートから木下川排水機場まで。葛西から北上して綾瀬川との分岐点まで。綾瀬側との分岐点から新中川との分岐点まで踏破したことになります。

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時刻は午後4時をすぎて、だんだん暗くなってくるし寒いしで、新中川を下りながら小岩駅に向かうことにしました。特に目当てもないので、途中、新金線(JRの貨物線)を見ておこうと思い、適当な踏切に立ち寄ると、

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あれ!?

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ガーダーです。ということは、下の草地は川の跡!?

予期せぬところで水路跡に遭遇してしまいました。

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踏切から北の方。道路になっています。

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踏切から南の方。とりあえず、といった感じの植栽。

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そのまま、新中川の方に続いています。

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地図で示すと、こんな感じ。

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で、帰宅してからアンチョコを確認すると、なんと!!

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こちらも西井堀でした。西井堀は、この踏切の少し北の方で東井堀と分岐して新中川にぶつかります。上は1963年の航空写真。

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西井堀があった頃は、新中川はないので、そのまままっすぐ南下します。そして、新小岩付近を通って、現在の綾瀬川、荒川を越え、墨田区を通り、言問橋の付近で隅田川につながっていたそうです。上は1947年の航空写真。

まさか、新小岩駅から中川にそってぐるっと遠回りして、また西井堀に出会うとは、まったく予想していませんでした(アンチョコだと、ちょうどページの切れ目で見落としてました)。

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交差点に名前が残る東井堀。

西井堀(新小岩駅付近)その4

さて、まだ先に進めそうです。

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というか、抜けられそうです。

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総武線の南側に出ました。

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すると、古い橋脚の遺構が。そして、明らかに西井堀の跡が。

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(3)の航空写真で見る限り、当時は簡素なガーダー橋だったように見えます。総武線複々線化の時に、現在の橋梁に架け替えられたようです。

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橋梁下の反対側、さらに川の痕跡が空き地となって残っています。このあたりは、数年前まではまだ水路が残っていたようで、葛飾区第一西井堀排水場がありました。いまは一面の空き地になっていて、いずれは何かができるのだと思います。

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中川の川縁。排水場の痕跡です。トマソンの無用階段。

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堤防の下から見たところと、

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上から見たところ。かなりの高低差があります。

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西井堀は、すでに埋められてすでに公園になった部分も含めて、緑化の観点から再開発が計画されているようです。またしばらくしたら訪ねてみたいですね。

なんて思っていたら、その日のうちに意外な出会いが!

西井堀(新小岩駅付近)その3

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自転車駐車場の中の不自然な路肩跡の先にあるカーブです。こんな標識がありますが、先に進まないわけにはいきません。

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都営西新小岩一丁目アパートの南側の通路ですが、通路の左右は自転車駐車場です。

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この通路は、総武線に並行しているのですが、線路がガードではなく、

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橋梁になっています。

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右は1963年の航空写真。西井堀は総武線をくぐって中川に突き当たっているのがわかります。橋梁はその名残です。

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新小岩公園の南側の通路。まだ問題なく進めそう。

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総武線の橋梁下です。判然としませんが、それなりの雰囲気が・・・

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「西堀橋りょう」の銘板。

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橋梁下に、不自然な斜めの壁。

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境界を示すフェンスが二重になって、どうも内側が右岸を示しているようです。

西井堀(新小岩駅付近)その2

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さて、正面に西新小岩一丁目アパートが見えるあたりで、西井堀は総武線の線路のほうにぐっと向きを変えますが、このあたりは一帯が自転車駐車場になっていて、

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東側の道路も、

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西側の道路も、川の跡ではないように思えます。

自転車駐車場の中を見ると、駐車場の敷地の形とは無関係に路肩の跡があるのを見つけました。

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さらに、上の路肩跡と平行の路肩跡も発見。

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上の写真が右岸、下が左岸の痕跡と思われます。

路肩の痕跡は、駐車場南西角の管理人詰め所の方にまっすぐ進んで、総武線に突き当たる手前のカーブに自然につながっているように見えます。

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1963年の航空写真で、このあたりに写っているのは、大同製鋼(現・大同特殊鋼)の工場ですが、その跡地は新小岩公園、西新小岩一丁目アパートになっています。自転車駐車場のあたりも、少し前までは何かあったと思うのですが、資料が見つかりませんでした。

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さきほど、「上の写真が右岸」と書きましたが、自転車駐車場の外周の一部が堤防跡のようにも見えます。

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西井堀(新小岩駅付近)その1

昨日は、先週あと一歩のところでたどり着けなかった上平井水門に行ってきました。スタートは新小岩駅ですが、水門の前に先週の帰路に気になった「西井堀」を見てきました。

たつみ橋交差点から北は、公園に整備されていますので、あとははっきりしていますし、逆に痕跡は期待できないだろうと思い、今回は割愛。しかし、逆に中川に向かう方は、現在の道路と川の流れとが判然としない箇所もあり、逆に痕跡もありそうな雰囲気です。あらかじめ、大きめの地図を準備しておきました。

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右は1963年の航空写真です。右下は新小岩駅。中央上がたつみ橋交差点。

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たつみ橋交差点の北側から北東方向。

右は蔵前橋通り。左は西井堀せせらぎパーク。

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どーかなー?と思いつつ、一応撮っておいたコンクリート。

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南側です。巽橋の欄干がそのまま残されています。

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巽橋の名前は、周辺のビル、マンションにも残っていて、北口のランドマークだったんでしょうね。

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巽橋の跡からは、川の跡がそのまま道になっていて、容易にたどれます。

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そして、そこかしこに痕跡が。

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2010年12月25日 (土)

合同住宅は閉鎖に

住民の転出が続いていた合同住宅は、ようやくからになったようで、敷地を閉鎖するゲートを作る工事が今週行われました。ゲートはまだ閉まっていないので、通行は可能なようですが、警備員が巡回しています。

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2010年12月23日 (木)

陸橋下の信号機

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「小松川境川親水公園(新中川から公園まで)」の拡大写真で右の方に見える「上一色陸橋」は環七通りの陸橋ですが、

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陸橋の下に信号機が。

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本場、小松菜畑です。

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1947年の航空写真では、このあたりはほとんどが田んぼと畑。

それが1963年の写真では、水田はほとんど見られなくなってます。

それでも、上の写真のような畑(「生産緑地」というのだそうですが)が、見られました。

小松川境川親水公園(新中川から公園まで)

小松川境川親水公園の続きです。

気になるのは、公園が妙に半端な地点から始まっていることです。

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地図を見ると、新中川の総武線のそばのあたりから、公園が始まるまでの部分も、どうも以前は川だったような、緩やかな曲線が続いています。

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新中川。奥は総武線の鉄橋。

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地図の赤の波線の右端のあたり。

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なだらかなカーブが延々続く。が、川らしい痕跡は全くなし。

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アンチョコによれば、小松川境川は、中井堀から分岐していることになってます。

地図では、中央の青の波線と赤の波線が交わるあたりです。

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1947年の航空写真。たしかに、青の波線と赤の波線が交わるあたりまで川が続いているようです。そこから先は、やや細い水路になっているようです。

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1947年の航空写真をさらに拡大。中央に南北に流れるのが中井堀、そこから小松川境川が分岐しているのがよくわかります。そこから東(右)のほうへは、細い水路が流れている様子も見えます。

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1963年の航空写真。中井堀はすでに道路に、また、細い水路も埋められてしまっています。

親水公園の開園は1982年頃ですが、中井堀から新中川までのあいだは1963年頃までに、中井堀から公園までの部分もそれ以降に、割と早めに道路に変わってしまったんでしょう。

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1964年頃の地図。地図では中井堀も水路も残っています。

2010年12月21日 (火)

望蜀

浅学ゆえ、「望蜀」の意味がわからなかったのですが、後漢書に見える言葉のようです。

ぼう‐しょく〔バウ‐〕【望×蜀】
《「後漢書」岑彭伝の「人足るを知らざるを苦しみ、既に隴(ろう)を平らげて、復(ま)た蜀を望む」から》一つの望みがかなうと、さらにその先を望むこと。人間の欲望には限りがなく、満足を知らないことのたとえ。隴を得て蜀を望む。「―の嘆」
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E6%9C%9B%E8%9C%80&dtype=0&dname=0na&stype=0&pagenum=1&index=20521916804000

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新井中野通バス停に貼り付けられた手作りステッカー。後半はみたままですね。ここのほかにも、哲学堂のバス停でも見かけました。 ささやかな表現。

なんとなくお年寄りが書かれたような印象はありますが、元ネタはせいぜいWikipediaあたりでしょうね。

最近のいろいろな騒ぎも、この時代に領土にこだわる狭量さと見えて、まったく興味がわきません。

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ところで、何日か前の新聞記事。中国外務省の副報道局長の談話。

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こっちは日経。「個別の国家が中国の発展に無責任につべこべ言う権利はない」。と、当たり障りを避けた表現。

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こっちは朝日。「個別の国が、国際社会の代表になった気で、中国の発展に無責任につべこべ言う権利はない」。と、一句挿入されています。

おそらくそういう趣旨の発言があったのは事実なんでしょうが、一国の高官の発言を訳すのに、こんな下品な訳文は失礼と言うべきでしょう。

朝日の文章力の低下は目を覆うばかりですが、こういう「演出」ばかり上手になるのは、嘆かわしいばかり。

2010年12月19日 (日)

小松川境川親水公園(境川橋付近)

さて、小松川境川親水公園ですが、例によってかつての川の痕跡を探してみたものの、これがなかなか・・・

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公園に入っていきなり石段を発見。いまでは用をなさなくなっていますが、間違いなく、川縁にあがるために石段でしょう。

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ところが、このあとは、まったくそれらしいものを見つけることができず、こんなのや

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こんなのや、

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こんなのを、

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「ちがうだろーなー」とか思いつつ、撮っていたわけです。

すると、通りがかりのおじさんにこれを見とがめられ、これこれこーゆーわけで、と説明すると、このあたりの状況を教えてくれました。ちなみに、境川橋付近です。

上の写真の石積みは、やはり堤防とか護岸とかではないこと。川縁はこのあたり(と指さす)であったこと。などなど。

で、「痕跡ということなら、この建物の反対側(京葉道路沿い)に・・・」と教えてくれたのが、昔は南に向かって、水路があったということです。ここら一面は田んぼで、それに水を引くための。

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帰宅してからアンチョコを見てみましたが、さすがにたしかに細かい水路までは描いてありません。1947年の航空写真を見ると、何となくそれっぽく見える線が・・・

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1963年の航空写真をみると、水路も田んぼも見あたらなくなっていますが、川を見るとどうも、川の水とは別の水が流れ込んでいるような・・・おそらく京葉道路をくぐる樋管を通して、排水していたのではないか、と。

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ちなみに地図ではこのあたり。

おじさんの話では、水路のあったところはいまでも国有地だが、特に気にせず使われているとのこと。たしかに、

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境界票が密に設置されていて、ほじくり返すと複雑なことになるかも。

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お話、ありがとうございました。

地図と航空写真はこちら。
http://link.maps.goo.ne.jp/map.php?MAP=E139.52.12.714N35.41.59.167&ZM=12

いぶりがっこ~ハタハタ~セリ

そして、昨日の夕食は、かねて予約してあったきりたんぽ鍋を賞味してきました。例によって、近所のとりはしです。

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まずは、いぶりがっこ。

先週も少しだけいただきましたが、この冬、本格的にはこの日が初日。

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ハタハタ。昨日届いたものを、一晩だけ味噌漬けにしたもの。

ハタハタは、このあと、鍋にも入りました。

きりたんぽ鍋にはハタハタは入れない、しょっつる鍋にはハタハタが入ってきりたんぽは入らない。というのが原則だそうですが、今回は変則。いわゆる秋田家庭料理の鍋です。

(鍋の写真はないのです。申し訳ない)

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ところで、きりたんぽ鍋にもしょっつる鍋にも欠かせないのがセリ。

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上が秋田のセリ(三関セリ)。下はきょう届いた松江のセリ(黒田セリ)。

どちらも、味がよく、茎がしっかりしていて食感が楽しいです。

秋田のセリのほうは、根もそれとして鍋の具になります。これは、今年初めての体験でした。

サギ(小松川境川親水公園~中川)

どういうわけかうまく撮れていなかったコサギ。

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小松川境川親水公園で撮影したものです。

前回、葛西から中川を北上、京葉道路・小松川橋付近で終わったので、昨日はそこから再開するところですが、前回のゴールの少し手前に親水公園があるのに気づき、そこをたどることにしました。江戸川区横断シリーズ第2弾です。とりあえず、写真だけアップしました。

小松川境川親水公園
http://dp.air-nifty.com/photos/komatsugawasakaigawa/

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小松川と境川の二つの川の跡かと思っていたのですが、あとで、アンチョコを確認したら「小松川地区の境目にある川」ということなんですね。ほかにも一之江境川などあるようです。

親水公園自体が途中で分岐しているので、そう思ってしまったわけですが、そちらは「小松川境川東支川」というのだそうです。

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約6キロの道のりで、中川に到達した時点ではずいぶん遅い時間になり、結局上平井水門にたどり着いたときには、薄暗くなってしまいました。

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次回はこのあたりから再開です。ここから新小岩の駅までは、そう遠くありません。

写真はありませんが、新小岩駅北口の駐輪場に「西井堀」という表示がありました。こちらもアンチョコで確認すると、葛飾区奥戸6あたりから、江戸川区平井2あたりまでずっと続く掘割があったようです。

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船留めの杭で羽を休めるアオサギ。

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うしろは首都高中央環状線。

冷たい風が吹く中、なかなかかっこいい。

サボテンがでかい

昨日は、先々週の中川の続きに行ってきました。

スタートは小岩駅だったんですが、南口から辰巳大橋に向かう途中に・・・

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クリスマスの飾りかと思ったら、大きくなったサボテンを吊っているのでした。

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根元はもう木のようになっています。

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しばらく進むと、火事?

119番通報があったものの、実際には火事ではなかったようです。

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それでも、住宅密集地なので、かなりの台数が出動してました。お疲れ様でした。

メジロ

今年もメジロがやってきました。

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室内から撮影。室内でちょっと音がしたぐらいでも逃げてしまう用心深さなので、慎重に・・・

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柿も残り3個となりました(うち2個は食べかけ)。

2010年12月12日 (日)

バウハウス・テイスト バウハウス・キッチン

3冊目は、「バウハウス・テイスト バウハウス・キッチン」の図録です。

Book_3

バウハウス・テイスト バウハウス・キッチン
http://book.bijutsu.co.jp/books/2010/10/post_390.html

バウハウス・テイスト バウハウス・キッチン展
http://panasonic-denko.co.jp/corp/museum/exhibition/10/100918/

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パナソニック電工汐留ミュージアムで今日まで開催の展覧会。けっきょくぎりぎりになってしまいましたが、昨日行ってきました。

会場そのものが初めてだったので、広さがどの程度かも知らなかったのですが、展示の量としては予想以上に豊富でした。

でも、食器だったり、テキスタイルだったり、パーツとしてのバウハウスっていい感じだったり、参考になったりしますが、「バウハウス・キッチン」って、それとして見るべきものあるか? というのが率直な感想。『横着』と『規則』っていうのが、ふと浮かんだキーワードです。『横着』と『規則』って本来は調和するものだと思いますが、全然こなれてない。

20世紀初頭と21世紀初頭。ドイツ(の家事スタイル)と日本(の家事スタイル)。のちがいはありますが、家事と生活の境界に何もかも押し込めて、ていうのは、どうなの?

少なくとも、今後「バウハウス」という言葉に惑わされることは、ないと思います。

【本】川の地図辞典 江戸・東京/23区編 補訂版

もう1冊見つけた川の本。

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川の地図辞典 江戸・東京/23区編 補訂版
菅原健二/著
http://collegio.jp/?page_id=120

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これは、最初は買うのをやめました。明治時代と現代の地形図を並べて、現代のほうには消滅した河川が、きっちり加筆されているのです。つまり、水辺歩きでいつもやってる推測の答えが書いてあるんです( Д) ゚ ゚

以前、旧呑川と現在の呑川の合流点がどこかを探るのに苦労した、みたいなことを書いた記憶があるのですが、この本を見るとそんなことで悩むのなんかありえない、というような本であるわけです。

でも、結局誘惑に負けて勝ってしまいました。ちょろっと見た限りですが、地図の部分もスミ1色なのにとても見やすい。索引や見返しのインデックスも工夫がしてあって、ガイドブックとして非常によくできた本です。

でも、じっくりとは読みません。答え合わせだけに使います。すみません。

【本】東京水路をゆく~艪付きボートから見上げるTOKYO風景

新宿では、目当ての本は見つかりませんでしたが、水辺歩きに役立つような本が見つかりました。最近は、頻繁に本屋をのぞくようなこともなくなりましたので、こういう新刊が出てることは知りませんでした。

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東京水路をゆく
艪付きボートから見上げるTOKYO風景
石坂 善久著
http://www.toyokeizai.net/shop/books/detail/BI/4065cb75351c0e2dad9cd7ce16eaa915/

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私は水辺から川を見ているわけですが、この方はボートで川そのものをたどる方。実は、コースを決めたり、見てきたものを調べたりするときに、この方のブログを参考にさせていただくことが多々あります。

いまは、水辺から川を見るだけで十分楽しいし、ボートやウォーターバイクを乗り回している人をうらやましいなどと思うことはないのですが、もしかしたて、もしかしたら、そのうち・・・?(* ̄ー ̄*)などと思わなくもありません。

本は資料としてもありがたし、淡々とした著者の語り口に人柄が伺われますが、まえがきについては全くの同感です。「都内にはまだ見所はあり・・・飽きさせない」。

スマ婚

昨日は午前中に予定を入れていたので、水辺歩きは休み。ところが昼過ぎまでかかるのを見込んでいたのが、意外にスムーズに進んで、10時にはフリーに。2時間ぽっかり空いた時間は、新宿で本探しにあてることにしました。

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新宿大ガード交差点付近で、タキシードの男性とウェディング・ドレスの女性が腕を組んで歩いているのに遭遇。男性が大きな鞄(紙袋)を持っているので、宣伝だとわかるのですが、結構びっくり。

その二人を見て驚いて指さしているのが、やっぱりコスっぽい服を着た二人組というのが、笑えるというか何というか・・・

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スマ婚 挙式+披露宴が16_8万円で叶う!多数の結婚式場から選べます。
http://smakon.com/

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信号待ちの人が多くて、さすがに写メは無理でした。

2010年12月 5日 (日)

庭掃除

多忙で、庭掃除もかなりサボってました。サボっているあいだに、柿も桃も、すっかり散ってしまいました。

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これで約6割の進捗。

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ちなみに、柿の残りもわずか。先着12羽さま限定です。

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(12/4)中川左岸を歩いてきました~子どもたち編

中川左岸は、旧堤防の上が遊歩道になっていて、散策、ランニング、サイクリングに利用されています。こういうのを見ると、ほんとに住まいの近くに水辺があるのはうらやましいですね。

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小学生の集団。たぶんこの先の公園に行くところなんでしょう。

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旧堤防から、内側の道路に降りる階段。

旧堤防の内側には道路がありますが、歩道がありません。旧堤防はいわゆる「カミソリ堤防」で、近づいたり中に入る必要がない(入られては困る)ので、歩道がないのは当たり前だったのかもしれません。

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隅田川とも違う「あぶない!!」。中川の旧堤防は、1970年代後半から1980年代前半にかけて完成したようで、標識も、新しめ。

ただし、このあたりも、旧堤防の外側に遊歩道ができているので、この標識もいまでは無意味なものになりました。実際、階段は(工事中の箇所を除いて)降りられるようになってます。

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旧堤防の堤防敷の斜面はコンクリートなんですが、そこに土を入れて植物を植える工事が進行中。ただし、川っぺりを立入禁止にしているのは最低限に抑えられていて、それ以外は自由に散策できます。斜面は子どもたちの格好の遊び場に。

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さすがにこれは危ないと思って、「コラコラ。危ないぞ」と声をかけたら、「だいじょうぶ。潮が引いてるときだけだから」。「そうか、気をつけてな~」。地元の慣習には逆らえません(^-^;

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新川ポンプ場の樋門のあたり。日傘をさしてるのはお母さん。小学生と母と釣り竿。

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おまけ。こちらは子どもではなくおじさん。通りかかったらちょうど釣れたところ。

伺ったところ「セイゴ」とのこと。これは20センチぐらい。セイゴは出世魚で、もう少し大きくなると「フッコ」。で、もっと大きくなると「スズキ」になります。

(12/4)中川左岸を歩いてきました~放置車両編

多忙でまたあいだが開いちゃいましたが、先週無事本番移行されましたので、1か月ぶりに行ってきました。

7月に旧中川(荒川ロックゲート→木下川排水機場)を歩きましたが、その続きで葛西水再生センターから上平井水門まで・・・のつもりでしたが、日没時間切れ。旧中川の続きは、次回以降に持ち越しです。結果的には、6月の新砂水門の続きになりました。

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水辺の写真はおいおいアップするとして、おまけ写真から。

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西葛西一丁目の放置車両。前輪とれちゃったりしているわりには、割れた側窓がきちんとふさがれたりしていて、放置されているのか保存されているのか、イマイチ不明。ネットで検索しても、見つからず。

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こちらは、上記の近所の駐車場の貼り紙。

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2010年12月 4日 (土)

関東バスあすストライキ

関東バスあすストライキ
関東バスあすストライキ
小田急バスも。

中野駅みどりの窓口

中野駅みどりの窓口
工事中

合同住宅入口のもみじ

合同住宅入口のもみじ
ことしは、猛暑の影響で、紅葉が遅かったけど、きれいに赤くなってます。

2010年12月 3日 (金)

けさの大雨・続

仙台堀川。たっぷんたっぷんです。

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遊歩道も、10センチほど水がたまってます。

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海辺橋から見たところ。

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ちなみに、新江古田公園も閉鎖。

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12月16日再開予定、と。

けさの大雨

けさの大雨。ちょうど出勤で出かける時間帯に、もんのすごい豪雨+雷。

こりゃでられんわ、ということで遅刻メールに、玄関から写した写真をつけたら、写真添付のままチーム内に転送されて、大うけでした(^_^;

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仙台堀川がたっぷんたっぷんになっている写真もありますが、時間切れ。

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