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2011年9月29日 (木)

六間堀~五間堀(14)

前の記事にある都営高橋アパートの建っているあたりは、五間堀の中でも、戦後まで残っていたところにあたります。

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高橋アパートの前の区道は「高橋夜店通り」とも、「のらくろーど」とも。前者は江東区が定めた区道の愛称、後者は高橋商店街の愛称です。このあたりに、東元橋があったか、と。

1963年の都市計画地図では、六間堀も五間堀も、橋の名前はいっさい記載されていませんが、この橋だけは「元東元橋」と書かれていました。これがなかったら、ここにあったはずの橋の名前は謎のままだったかも。

道路愛称名(江東区役所)
http://www.city.koto.lg.jp/seikatsu/douro/7421/7424.html

高橋商店街振興組合
http://www.fukagawa.info/takabashi/index.html

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通りをはさんで、森下三丁目第三児童遊園。小名木川までまっすぐ続いています。

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左は都営森下第3アパート、右は丸八倉庫高橋営業所。

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上記の公園に接して、高森公園があります。

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両者に境目はないのですが、開設の時期に差があるのではないか、と思われます。

五間堀も、東元橋より南の部分は、かなりあとまで残っていたようで、1963年の航空写真には、水路が写っています。森下三丁目第3児童遊園の開設は1975年。この間に埋め立てられたのでしょう。

都営森下第3アパートは、以前は浅野スレート(現・エーアンドエーマテリアル)の東京工場(日本初のスレート工場)があったところ。1977年閉鎖。都営森下第3アパートの竣工は1978年。高森公園の開設は1982年でした。

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公園の終端部分。

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公園と丸八倉庫の境目。おそらく、堤防のあとでは。

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どうかなー

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このあたりが、五間堀が小名木川に接していたあたりではないかと思います。

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遊歩道側から見たところ。

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日が落ちて、ブレブレですが、おそらく旧護岸で、合流部。

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小名木川の旧堤防。

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六間堀、五間堀、それぞれ1時間半ほどの行程でした。

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