« ナンバープレートの写真を追加しました | トップページ | 【神谷町界隈】愛宕山 »

2013年1月12日 (土)

神田川流路の変遷(豊島区高田1丁目)

ブログ更新はサボっていますが、水辺行はちょいちょい出かけています。

きょうは、高田馬場駅付近から神田川の流路の変遷をたどりながら、早稲田まで。

途中、豊島区高田1丁目1番を探していたら、こんなところにたどり着きました。

Ncm_0013

方角は、右が北、左が南で、感覚的には逆に思えます。地図を見ると、

Takada11_5

豊島区高田1丁目1番と新宿西早稲田1丁目14番の境界が、神田川の北側で複雑に入り組んでいることがわかります。

これがまさに、神田川の流路の変遷の名残です。明治時代の地図を見ると、

01_

当時はこのあたりで、流れが南北に大きく蛇行していたことがわかります。

明治43年の大水害では、このあたりで大きな被害が発生し、これを機に流路がまっすぐに整えられたものと思われます。大正時代の地図では、

02_

すでに、現在の流路に近いものになっています。しかし、川の流れは変わっても、町の境界線はそのまま残りました。戦後しばらくしてからの地図を見ると、

04_

蛇行した境界を意識することなく、開発が進んだように見えます。

###

昨年12月、境川の流路変更で飛び地になってしまった東京都町田市と神奈川県相模原市の境界線が、現在の流路にあわせて変更されることになり、ちょっとニュースになりました。

境界線に翻弄される住民たち(NHK首都圏放送センター)
http://www.nhk.or.jp/shutoken/net/report/20121225.html

この付近の場合も、不便はないわけではないでしょうが、同じ都内ということもあって、100年近くを経てなお、境界線がそのままになっているのだと思います。

###

地図は、東京時層地図(日本地図センター)から拝借しました。
http://www.jmc.or.jp/app/iphone/tokyo/

« ナンバープレートの写真を追加しました | トップページ | 【神谷町界隈】愛宕山 »

水辺を歩く」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 神田川流路の変遷(豊島区高田1丁目):

« ナンバープレートの写真を追加しました | トップページ | 【神谷町界隈】愛宕山 »

無料ブログはココログ

最近のツイート