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2018年1月

2018年1月21日 (日)

東中野駅北側の古い町名たち(昭和通)

承前
http://egotadp.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-f916.html
http://egotadp.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-791d.html

▼昭和通…現在は上高田一、二丁目、新井一丁目、東中野三丁目、中野五、六丁目のそれぞれの一部。

現在は、道路を境目として町域を設定するのが一般的ですが、中野区(旧・豊多摩郡中野町)では、幹線道路を挟んだ両側をひとつの町域とするのが一般的でした。通りの両側が商店街を形成していたとすると、その方が現実的であったような気がします。

・早稲田通りを挟んで、昭和通一~三丁目。

・大久保通りを挟んで、宮園通一~五丁目。

・青梅街道を挟んで、本町通一~六丁目。

・本郷通りを挟んで、本郷通一~三丁目。(文京区本郷をトオル本郷通りとは異なる)

・方南通りを挟んで、栄町通一~三丁目。

・新山通りを挟んで、新山通一~三丁目。

1963年以降、住居表示が実施されると、現代風の道路で区切る方式になったため、それまでひとつの街だったのが、南北、東西にぶつ切りにされてしまいました。昭和通もそのひとつで、1町3町域が、4町6町域に分割されてしまいました。

ただ、町会はそのまま残っている場合が多いようです。旧・昭和通一丁目も町会にその名をとどめています。

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今回の散策で、一番興奮した発見。住民の異動によってふたをされ(そのために残存した)、そのふたが取られたために発見できたもの。

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寛政12年(1800年)に建てられた供養塔。上高田一丁目にあります。

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願主は「中野村打越」の人。打越は、中野駅北口の真ん前のあたりの区域を指します。

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この付近で見かけたごみ処理ルールの標識。

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広告にある大同信用金庫は、1992年に共栄信用金庫と合併して、現在は西京信用金庫。

http://www.shinkin.co.jp/saikyo/


### 2018/1/28追加

昭和通の地名が消滅して50年余り。その痕跡を見つけるのはなかなかに困難です。

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牛乳販売店のバイク。

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【2018/2/3 追加】

ほんっとに何も見つからないときに助かる、NTTの標識。

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【2018/2/18追記】

東中野ギンザ通り商店街は、途中で旧・桜山町、旧・昭和通一丁目に区切られますが、商店街としてはひとつながりのようです。

▼そこで発見した軒下の標識。「昭和通一丁目文化会員」の標識が見えます(町会の名称はいまもこの名称)。確かに長くここでご商売なさっているように見受けられます。右の写真の菱形の標識は、シャウプ勧告で固定資産税が制定された直後の家屋調査済証で、「昭和26年度」とあります。左の写真の菱形は犬を飼育していることを示すシール。「昭和35年」とあります。

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右の写真の円形の標識は、「東京市水道局/中野区」とあります。ということは、1943(昭和18)年以前の建物、ということになります。

別の記事で書きましたが、このあたりは、1945(昭和20)年5月25日の空襲(「山の手大空襲」)や、その少し前の4月の空襲で被災した地域です。「復刻版 コンサイス東京都35区区分地図帳」でも、このあたりは消失区域であることを示す赤色で塗られています。

Higashinakanokushu

桜山町の「桜」の字の左上がわずかに白くなっているように見えますが、もしかしたら幸運にも焼け残った建物なのかもしれません。

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ちなみに、犬の首輪などに付けることが義務づけられている鑑札、注射済票は狂犬病予防法で義務づけられているものです。これとセットで交付される「犬」のシール(門標)は都道府県の条例で義務づけられているものです(東京都の場合「東京都動物の愛護及び管理に関する条例」第9条4項)。

狂犬病予防法施行規則http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=325M50000100052#83

犬の鑑札、注射済票について (厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/10.html

東京都動物の愛護及び管理に関する条例
http://www.reiki.metro.tokyo.jp/reiki_honbun/g1013637001.html

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東中野駅北側の古い町名たち(桜山町)

承前
http://egotadp.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-f916.html

▼桜山町…現在は東中野三丁目、四丁目。

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中野区の成立は1932年。桜山町はそれ以前から存在するものなので、この表札はその頃までさかのぼるもの、かな?

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桜山町は、中央線の線路沿いにある桜並木を残すか否かで、ながらく中野区と対立しています。

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東中野駅北側の古い町名たち(小滝町、住吉町)

現在は、東中野駅を取り囲むように東中野一丁目から五丁目となっていますが、それ以前はそれぞれに趣のある名前の街でした。一斉に切り替わったのは1966年のことです。いまから思えばもったいないことです。

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▼小滝町…現在の東中野五丁目と四丁目の一部です。

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▼住吉町…東中野四丁目の大部分です。

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テープで隠されてはいますが、確かにここが住吉町だったあかし。

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狭くてくねくねした路地にたくさんの飲食街があった「住吉小路」は、地上げ屋と住民が係争中。取り壊しがかなり進んでしまって、かつての風情は失われつつあります。

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【2018/2/18追記】

▼小滝町の表札を発見。建物は新しいですが、塀は古くからのものを大切にしておられるお宅。もしやと思って見てみたら。2世代同居のようで、表札の標記も新旧併存で、なんだかいい感じです。

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▼ついに住吉町が隠されていない表札を発見。通りから奥まったところのお宅ですが、たまたま街猫に導かれて。

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▼見上げると、東電の古びた標識に「住吉」。電柱の標識自体は「東中」。

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2018年1月 8日 (月)

【きょうの調べ物】1972年の年賀切手とお年玉切手シート

知人に教えてもらった、今年の年賀はがきにまつわること。

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(公財)日本郵趣協会の2017/11/3のツイートhttps://twitter.com/kitteclub/status/926280784041988096

イヌのフジさんの年賀はがきには、犬の鼻に「フじ」(富士)の文字が隠されています。消印の犬の足跡の爪には「FUJI」(富士)があり、下の部分にはマイクロ文字で「あけましておめでとうございます」が隠されています。

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うーん・・・・・・・・・見えん。老眼と近眼の合わせ技では、この程度のルーペではどうにもなりませんでした(^_^;) 皆さま、お確かめください。

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ここでふと気づいたこと。昨年6月に郵便料金の改定があり、第二種郵便物(はがき)は、52円から62円に引き上げられました。ただ、年賀特別郵便(年賀はがき)については52円に据え置かれました。今年限りの激変緩和措置というわけではなく、今後もそのようになるようです。

このように、通常の料金と年賀状の料金が異なる、ということで思い出したのが、1972(昭和47)年の年賀切手とお年玉切手シートです。

この年の2月1日にも郵便料金の改定があり、はがきは7円から10円に引き上げられました。年賀切手は前年の12月に発売され、このときの額面は7円です。

お年玉切手シートは、抽選日が1月15日、20日から引き替え開始です。で、はがきの料金の引き上げを控えているということで、お年玉切手シートは額面10円で作成されました。額面10円の「年賀切手」が、当選者しか入手できないとなると公平を欠くということで、一般にも発売されました。

そういう経緯で、1972年の年賀切手は、額面の異なる2種類が存在するのです。実際には、額面10円の年賀切手は、年賀状の用途には使われなかったと思うのですが…

▼前年(1971/12/10)に発行された年賀切手(額面7円)

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▼1972/1/11に発行された「年賀」切手(額面10円)

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▼お年玉切手シート (1972/1/20から引き替え)

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http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000004091/
http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000004092/
http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000003652/ct287/page1/recommend/

その例で行けば、今年も年賀状は52円、通常は62円と、料金が異なるので、もしかしたらお年玉切手シートは額面が62円になるのか? と思ったのですが………

………意外に年初の郵便料金改定は、その後も何回もありましたが、お年玉切手シートが改定後の料金の額面で作成されたことはありませんでした。

1976(昭和51)年1月25日 (10円→20円)
http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000004096/
http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000003656/ct287/page1/recommend/
年賀切手もお年玉切手シートも額面は10円。

1981(昭和56)年1月20日 (20円→30円)
http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000003661/ct287/page1/recommend/
http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000004101/ct285/page1/recommend/
年賀切手もお年玉切手シートも額面は20円。

1994(平成6)年1月24日 (41円→50円、62円→80円)
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http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000004125/ct286/page1/recommend/
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年賀切手もお年玉切手シートも額面は41円+62円。

したがって、今年もそのようなことはないようです。どうしてそのような経緯になったのかわかりませんが、1972年だけのことのようです。

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これらのことを調べていて初めて知ったのですが、通常のはがきと年賀状とで料金が異なる、というのが以前にも、しかも割りと長い間存在したのでした。

1951(昭和26)年11月1日に郵便料金が改定され、はがきはそれまでの2円から、通常は5円、年賀は4円に改定されました。そして、1952(昭和27)年の年賀状に限っては2円に据え置かれたのです。この料金は、1966(昭和41)年7月1日の郵便法改正ではがきの料金が7円に引き上げられるまで続きました。

▼1952(昭和27)年の年賀はがき (額面は2円)

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▼1953(昭和28)年と1954(昭和29)年の年賀はがき

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右の1954年用の年賀はがきには、「12月14日以前、1月11日以後に差し出すとき、年賀状としないときは1円切手を貼り足せ」との注意書きがあります。

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以上、きょうの調べ物、でした。

https://twitter.com/kitteclub/status/926280784041988096https://twitter.com/kitteclub/status/926280784041988096https://twitter.com/kitteclub/status/926280784041988096

【きょうの調べ物】三和信用金庫(東京)

都内の各地で時折見かける古い街区表示板。1960年代後半のものと推測しています。

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http://egotadp.biz/region/ichiichi/114_nakanoku.htm

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三和信用金庫(東京)は、1991年に東海銀行(当時)に合併されました。三和信金は債務超過の状態にあり、救済のために吸収合併されたものでした。バブルが崩壊し始めた時期で、中小金融機関は大手金融機関が救済する、という手法をとっていることでした。

組織再編対価の柔軟化と合併本質論 : 企業結合法理の再構築に関する試論
(井上能孝/九州法学会会報 2007)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kla/2007/0/2007_47/_article/-char/ja/

本店は新中野駅の近くにあったとのこと(現在は中野警察署の仮庁舎)。しばらくは東海銀行新中野支店として営業していましたが、東海銀行と三和銀行が合併してUFJ銀行ができた2002年までには消滅していたようです。UFJ銀行は、2006年に東京三菱銀行に救済合併され、三菱東京UFJ銀行となりました。

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(官報 平成3年6月28日)

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三和信用金庫の店舗は、本店(新中野)、南中野、幡ヶ谷不動、中村橋、南長崎、徳丸、戸田、台東、日暮里、三ノ輪、品川、本蓮沼、中野弥生町にあったとのこと。

南長崎にも店舗があったとのことで検索してみたところ、このような記事が…

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全昌院
http://www.zenshoin.com/

週刊 「へぇーそ!五郎久保」 第 39号
http://www.zenshoin.com/category8/category16/blog39.pdf

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以上。きょうの調べ物でした。

2018年1月 6日 (土)

「保険金が使える」という住宅修理サービス

(2018/1/6)

先月から、自宅界隈に出没してます。直接訪問1回、チラシ投げ入れ2回。

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どう見ても怪しいので団体名で検索してみたら、団体のサイトの前に、注意喚起のページが続々とヒットしました(^_^;)

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「保険金が使える」という住宅修理サービスのトラブルにご注意ください!
(独)国民生活センター
http://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20140627_1.html

住宅の修理に関するトラブルにご注意
(一社)日本損害保険協会
http://www.sonpo.or.jp/news/caution/syuri.html

"無料で住宅修理"トラブルに注意
(NHK生活情報ブログ)
https://www.nhk.or.jp/seikatsu-blog/800/140773.html

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この団体・・・

(一社)住宅修繕保険申請支援機構
http://hoken-shinsei.net/

・・・なんですが、所在地で検索すると、バーチャルオフィス(机貸し)でした。https://www.1sbc.com/branch/kojimachi/

やれやれ。

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【2017/5/20 追記】

その後、国民生活センターから公表情報が出されました。

「大雪で歪んだ」などと自宅の不具合を指摘して不安をあおる「点検商法」-高齢者を中心に、自宅を大切に思う気持ちにつけ込まれています-(2018/3/1)http://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20180301_1.html

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