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2018年3月 4日 (日)

【昼暗渠】妙正寺川支川(中井駅付近で合流) その2

(承前) 昼暗渠】妙正寺川支川(中井駅付近で合流) その1
http://egotadp.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/post-47ed.html

上記の記事の続き、道が二又になっているところから妙正寺川の合流点に向かうルートです。なお、日程はこちらが先。その1が後です。

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▼楽にたどれるのは暗渠になった直前の緑色の線。大正あたりまで遡ると、それ以外にも黄色の線のような水路があったようです。といっても宅地化する前なので、どの程度痕跡があるものか。

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▼二又の道のところ。白桜小学校を背にして見たところ。左の2階建てのお宅と右のアパートの間に水路が通っていましたが、幅はわかりません。

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▽二又の道のところは上高田一丁目交差点。

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大正期の地図ではすでに二又になっていますが、左の道が元々あって、右の道が後からできたようです。

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▽前回歩いたときもそうですが、この二又から下流川が、紛らわしい細道がいくつかあって、迷いました。

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▽上の写真の裏側。上流方向に向かって写しています。

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境界標から川幅を推測しようとしましたが、無理そう。

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▼ここからは下流(合流点)方向の写真が続きます。

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▽左の塀は中野区、右の建物は新宿区。

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新宿区管理地(たぶん区道)であることを示す境界標二種。

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▽突然現れる「橋梁」。落合斎場の敷地内です。

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▼ここで水路跡は右(東)にほぼ直角に曲がります。上の地図で、緑色の線に黄色の線が交わるあたりです。

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▽ここからしばらくは広い道路と一体化して、水路跡の雰囲気は薄まります。

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道の右(南)側に水路が流れていたか、と思われます。

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道路と一体化して水路跡の雰囲気はありませんが、緩やかなカーブに名残が。

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▼再び道幅が狭くなって、水路跡らしくなってきます。

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▼ゴール目前。突き当たりは妙正寺川です。

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▼妙正寺川に到達。

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▼妙正寺川を渡って合流点を見たところ。樋管でもあるかな、と思われたんですが、完全にふさがれてます。

塗り込められた跡を見ると大きめの四角、中央に小さめの丸。四角は開渠の頃の痕跡、丸は暗渠になって樋管を通していたときの痕跡。その後下水道が整備されて、(この部分に関しては)暗渠としての機能もいらなくなった、か。いまのところはすべて妄想です。

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いまの住所に引っ越す前は中野区に住んでいて、中野区内の江古田川、妙正寺川、神田川の支流は(手持ちの地図でわかる範囲で)すべて歩き通しましたが、かつて歩いた道(=水路跡)を改めて歩いて、その楽しさは変わっていませんでした。

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ところで、今回は上の地図の緑色の線を歩きました。黄色の線の水路があったのはかなり昔で、痕跡はどうか、みたいに書きましたが、地図をよく見ると、歩けるかどうかは別にしてなにやら浮かび上がってきそうです。

また、妙正寺川の流路整備もずいぶん昔のことですが、こちらの痕跡もあちこちにありそうです。来週は、このあたりを見てみようか、と思ってます。

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