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2018年3月 3日 (土)

【昼暗渠】妙正寺川支川(中井駅付近で合流) その1

今週の昼休み暗渠は、妙正寺川の支川です。例によって、東京時層地図を拝借。左下から右上にかけての水色の線がそれにあたります。

Tsugihagi

この水路跡は、数年前に通しで歩いています。そのときは別の地図(1963(昭和38)年の都市計画地図・中野区)を参考にしました。そのときのスタートは中野五丁目の柳通りで、「えっ? ここ?」みたいな細い道を、中井駅のすぐ近くまで歩いたのでした。

東京時層地図の「高度成長期前夜」では、上図の区間が開渠として示されています。実際、昼休みに行って戻ってくるには、この程度が限界でしょう。

上図のちょうど真ん中あたりに道が二又に分かれるところがあります。ここを境に、左端の天徳院の裏手からこの二又までを1日、二又から中井駅付近の合流点までを1日でたどる計画です。

一度たどったコースではありますが、明治~大正~戦後で、流路も微妙に変わっているようにも思われ、念のため地図を用意しました。

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猫と暗渠。ニャン渠。

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地図にある天徳院の裏手に向かってみると、いきなり前回とは違う風景が…

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こんな階段、あったっけ? 右の石垣、排水を落としていた形跡。この階段そのものが水路跡?

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階段を降りると直角に右折。角は完全にふさがった状態。

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そしてまた階段。

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右(南)の石垣に沿って細い道が続いてますが、以前歩いた道はもう一本北にある細い道。

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▼現在の地図に線を引いてみた。現在の地図に関してはiPadの地図(iOS付属の地図)は使い物にならないので、goo地図(元ネタはゼンリン)を拝借。

上の写真の位置は、赤色の線の左端。青色の線は前回歩いた道。

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▼明治期、大正期、戦後期の水路を、地理院地図に重ねたところ。地図の誤差や画像を重ねたときのずれもあろうが、水路の位置が多少移動したのは間違いないと思われ、上手の赤色の線も青色の線も、どちらも水路跡と思われます。

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ということで、今回は、赤色の線を歩くことにします。このあたりは、明治から大正にかけて都心部から移ってきた寺院が多いところで、右の石垣の上は墓地です。

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▼細い道が水路跡らしいカーブを描きながら続いており、突き当たりに。上のgoo地図の赤色の線の右端にあたります。

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▽アパートの敷地に入るわけにはいきません。石垣に沿って水路が続いていたようにも見えますが、この先は上の敷地が張り出していて、ここで左(北)に折れて青色の線に合流すると見るのが自然かもしれません。

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▼goo地図の青色の線の左端。ここで水路は区立白桜小学校(旧・中野昭和小学校)の敷地に吸い込まれています。ここからしばらくは歩いてたどることはできません。

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▼ぐるっと回って学校の敷地の東側に。突き当たりは民家の庭。その向こうが学校の校庭です。水路は学校の校庭の南端を通って、ここにつながっていたはずです。

ここまでの写真は下流方向を向いて写したものですが、ここから後は上流方向を向いて写しています。

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なんとなく、水辺だった風情。

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いまは使われていない石段。

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▼上の写真の反対側。下流方向。最初の地図で道が二股に分かれているところです。この部分は左のお宅の敷地になっていて通ることはできません。

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この日はここまで。続きは別の記事で。

暗渠が、道路と一体化して跡形もなくなっているのは残念ですが、緑道公園になって、以前は川だったんですよ、というのも楽しみが薄れるような気がします。

妙正寺川につながっているというだけで、名前があったのかどうかもわからない水路跡ですが、地図にも、実際にも、かつて川だったけど、いまは内緒、という雰囲気が感じられる、このぐらいの暗渠が、歩いていても一番楽しく思われます。

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