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2018年2月17日 (土)

【毎日新聞の切り抜き】「何人死んだんだ」が示す冷酷 想像力欠く政治家発言が差別をあおる 沖縄、福島 本当に人ごとか

毎日新聞の切り抜きです。
松本文明は東京7区だが小選挙区では当選したことがない(比例で復活)。
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【関連リンク】
6.隆子ちゃん事件(1965/読谷村)-トレーラー投下による少女圧殺-
1965年6月11日 読谷村で米軍のトレーラーが落下し小学生死亡
(沖縄県公文書館)
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「何人死んだんだ」が示す冷酷 想像力欠く政治家発言が差別をあおる 沖縄、福島 本当に人ごとか

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 初耳の読者も多いのではないか。恥ずかしながら、記者も近年まで知らなかった。でも沖縄では、米軍基地がもたらした悲惨な事件として語り継がれてきた。

     1965年6月11日、沖縄・読谷村。米軍輸送機からパラシュートで投下されたトレーラーが、自宅の庭で遊んでいた小学5年、棚原隆子さん(当時11歳)に落下、圧死させた事故だ。昨年、沖縄で相次いだ米軍ヘリの部品落下事故で、この悲劇を思い出した県民も多かったはずだ。

     隆子さんを知る人が永田町にいた。沖縄選出の参院議員、糸数慶子さん(70)である。「小学校や保育園へのヘリの部品落下を知って、私も真っ先に隆子ちゃん事件を思い出しました。一つ間違えば、子供たちの命が危うかったのですから」

     当時高校生だった糸数さんの家は、読谷村で雑貨店を経営していた。「隆子ちゃんの家は隣の地区なんですが、歩いて行ける距離で、お母さんも隆子ちゃんもよく買い物に来てくれて。彼女の顔はパッと思い浮かぶ。今、思い出しても涙が出ます」。事故を報じた毎日新聞の同年6月12日付朝刊の記事は、米軍師団長が棚原さん宅を訪ねたが「家族が半狂乱のため、面会できずに帰った」と結ばれている。

     「59年には米軍機が小学校に墜落し、児童11人が亡くなった事故があったし、他にも住民が犠牲になる事故は起きてきました。米兵の犯罪も後を絶たない。そこで飛び出したのが、あの発言です」

     1月25日の衆院本会議で、米軍ヘリの部品落下事故を巡る共産党・志位和夫委員長の質問中に発した自民党の松本文明副内閣相(当時)の「それで何人が死んだんだ」のヤジのことだ。「副大臣どころか、議員失格です。ならば、沖縄県民は何人死ねばいいんですか。言いたくはありませんが、自分の家族が同じような悲惨な目に遭っても、同じことが言えますか」

     こんな疑念も浮かぶ。あの発言、松本氏の個人的な資質にとどまる問題ではなく、日本社会は多かれ少なかれ、似たような感覚を共有し、沖縄を冷淡に見てきたのではないか?

     ある記事を紹介したい。朝日新聞の2月6日付の夕刊社会面(東京本社発行紙面)である。隊員2人が痛ましい死を遂げた佐賀の陸上自衛隊ヘリの墜落事故を巡り、住民が沖縄の米軍ヘリ事故を念頭に、こんな感想を漏らした。「沖縄であがんことがあっても、遠隔地で気にしていなかった。安心して住まれんね」

     「沖縄では、過去も今も米軍機やヘリが事故を起こしている。住民に犠牲者も出てきた。でも遠隔地・沖縄だから関係ない、と。これこそ多くの日本人が共有してきた意識ではないでしょうか」と喝破するのは、東大教授で哲学者の高橋哲哉さん(61)。日本人が「日米安保は必要だ」と考えるなら、その前提となる米軍基地は本土こそ引き受けるべきだ、と訴えてきた。

     「『関係ない』という意識が沖縄からはどう見えるか。これを見てください」と示されたのが、2月3日付の地元紙・琉球新報。安倍晋三首相が2日の衆院予算委の答弁で、沖縄の基地負担が減らない要因について、初めて「移設先となる本土の理解が得られない」ことを挙げた、と1面トップで報じた。

     「沖縄だって基地を『理解』したわけではない。でも沖縄には基地を押し付け、本土は『理解が得られない』から押し付けない。これこそ差別ではないか。沖縄の怒りの根源がここにあります」

     少数派の沖縄に基地を置いて日米安保の「恩恵」だけは受けながら、圧倒的多数派の本土に基地問題の当事者意識はない。「想像力の欠如でもあります。多数派は、自分が少数派になったり、犠牲になったりするかもしれない、ということを考えない。これは福島の原発事故後も、原発再稼働を求める政治家や世論にも言えることです」

     振り返れば、福島の原発事故でも2013年、自民党の高市早苗政調会長(当時)が講演で「原発事故による死者が出ている状況ではない」と述べ、後に撤回した。津波の被災者を含めて避難中の体調悪化などが原因の震災関連死は、福島県だけで2000人を超える。やはり「遠隔地」である福島の原発事故の実相は人ごと、ということか。電力の恩恵は享受するが、事故のリスクは遠隔地で、という構図は、基地問題と同じである。

     「これらの暴言・失言からうかがえるのは『仮に死者が出ても大したことはない』という意識ではないでしょうか。少し前の話ですが……」と高橋さん。

     久間章生・元防衛相はかつて、有事法制を巡り「90人の国民を救うために10人の犠牲はやむを得ないとの判断はあり得る」(03年6月30日付朝日新聞朝刊)と発言した。

     「問題は、この10人はだれか、です。為政者は、自分を生き残る90人にカウントするでしょう。では国民は、自分や家族をどちらに入れるのか。犠牲になる10人に入ることを為政者に認めた人はいるのでしょうか」

     高橋さんの問いに、即答できる人はいるのか。「何人死んだ」といった言葉の後ろに横たわる空気は、犠牲になる「10人」を他者に求め続けてきた私たちが醸成したのではないか。

    原発事故、基地問題対応に投影

     もう一つ、気になることがあった。米軍普天間飛行場の辺野古への移設の是非が問われた4日の沖縄・名護市長選、移設反対を掲げた前市長陣営を「反日」などと中傷する言説が飛び交った。自民党の山田宏参院議員はツイッターで「親中反米反日勢力」とまで記した。

     米軍の事件・事故を起こしたのは、中国ではない。沖縄県民の生活や生命を脅かす事件・事故を「反日」というならともかく、「悲惨な事件をなくすため、基地を減らしたい」(糸数さん)という訴えが「反日」らしい。山田議員の事務所にツイッター投稿の趣旨について取材を申し込んだが、多忙であることを理由に応じなかった。

     「先月も沖縄で米海兵隊ヘリの部品が落下した保育園の園長に会ってきました。被害を訴える保育園には今も『反日』だの『非国民』だのという迷惑電話やメールが来ているそうです。実は福島も同じで、原発に反対する被災者らに『反日』という言葉が投げつけられている。今の日本は、被害者を『敵』とする風潮が生まれているんです」と首を振るのは、沖縄、福島で取材を重ねてきたジャーナリスト、安田浩一さん(53)だ。

     おさらいすると、沖縄の米軍基地の大半を占める海兵隊は、もとは本土に駐留していた。しかし米軍の事件・事故が相次ぎ、本土の反基地感情が高まった57年以降、米施政下の沖縄に移った。

     当時の本土の空気感を示す国会議事録を見つけた。例えば54年8月2日の参院文部委員会。後に佐藤栄作内閣の文相を務める自由党(自民党の前身)の剱木(けんのき)亨弘(としひろ)氏が、大阪市立大などを接収して駐留する海兵隊について述べていた。

     「海兵隊駐留後は演習で騒がしいし、風紀上の事件も発生し、女子学生は毎日心配して登下校している。市内の小学校の授業にも影響が出ている」ことなどを理由に海兵隊の移駐を求めた。こうした自民党の先達も「反日」なのか。

     「沖縄や福島だけではありません。反原発運動にも『反日』といった物言いがなされる。国や政府に逆らうのは『敵』なのでしょう。理由は判然としない。ただ言えるのは、街頭での差別デモは、法整備が進んで確かに力を失いました。でも、同じように沖縄や福島、隣国や在日外国人、弱者を差別する言葉は日常生活で交わされるラインに近づきつつある。それを後押ししているのが文化人や政治家の暴言です。これは罪深い。彼らの言葉が、差別や被害者の命を『何人死んだんだ』と切り捨てる冷酷さを正当化させることになりかねません」(安田さん)

     二つの地域に向けられる為政者の視線にこそ用心したい。犠牲となる「10人」には、だれだってなりたくない。

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 <担当記者から(吉井理記)>

 

 副内閣相だった松本文明衆院議員の「何人死んだ」発言が気になっていた。一政治家の失言で済ませて良いのか。識者とともに手探りした。先月死去した野中広務氏は1960年代、初めて沖縄を訪れた。そこで日本軍に妹を殺されたタクシー運転手に出会い、衝撃を受ける。回顧録「老兵は死なず」に記されたエピソードだ。安倍晋三首相は「戦後レジーム脱却」を唱える。松本氏ら自民党議員の沖縄に対する物言いをたどると、沖縄が強いられてきた犠牲の記憶からも脱却したいのか、とすら思えてくる。米軍基地だけは沖縄に残したまま、で。野中氏の死去は、松本氏発言の翌日であった。

 

 

2018年1月 8日 (月)

【きょうの調べ物】1972年の年賀切手とお年玉切手シート

知人に教えてもらった、今年の年賀はがきにまつわること。

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(公財)日本郵趣協会の2017/11/3のツイートhttps://twitter.com/kitteclub/status/926280784041988096

イヌのフジさんの年賀はがきには、犬の鼻に「フじ」(富士)の文字が隠されています。消印の犬の足跡の爪には「FUJI」(富士)があり、下の部分にはマイクロ文字で「あけましておめでとうございます」が隠されています。

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うーん・・・・・・・・・見えん。老眼と近眼の合わせ技では、この程度のルーペではどうにもなりませんでした(^_^;) 皆さま、お確かめください。

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ここでふと気づいたこと。昨年6月に郵便料金の改定があり、第二種郵便物(はがき)は、52円から62円に引き上げられました。ただ、年賀特別郵便(年賀はがき)については52円に据え置かれました。今年限りの激変緩和措置というわけではなく、今後もそのようになるようです。

このように、通常の料金と年賀状の料金が異なる、ということで思い出したのが、1972(昭和47)年の年賀切手とお年玉切手シートです。

この年の2月1日にも郵便料金の改定があり、はがきは7円から10円に引き上げられました。年賀切手は前年の12月に発売され、このときの額面は7円です。

お年玉切手シートは、抽選日が1月15日、20日から引き替え開始です。で、はがきの料金の引き上げを控えているということで、お年玉切手シートは額面10円で作成されました。額面10円の「年賀切手」が、当選者しか入手できないとなると公平を欠くということで、一般にも発売されました。

そういう経緯で、1972年の年賀切手は、額面の異なる2種類が存在するのです。実際には、額面10円の年賀切手は、年賀状の用途には使われなかったと思うのですが…

▼前年(1971/12/10)に発行された年賀切手(額面7円)

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▼1972/1/11に発行された「年賀」切手(額面10円)

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▼お年玉切手シート (1972/1/20から引き替え)

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その例で行けば、今年も年賀状は52円、通常は62円と、料金が異なるので、もしかしたらお年玉切手シートは額面が62円になるのか? と思ったのですが………

………意外に年初の郵便料金改定は、その後も何回もありましたが、お年玉切手シートが改定後の料金の額面で作成されたことはありませんでした。

1976(昭和51)年1月25日 (10円→20円)
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http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000003656/ct287/page1/recommend/
年賀切手もお年玉切手シートも額面は10円。

1981(昭和56)年1月20日 (20円→30円)
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http://www.yuubinsyumi.com/shopdetail/000000004101/ct285/page1/recommend/
年賀切手もお年玉切手シートも額面は20円。

1994(平成6)年1月24日 (41円→50円、62円→80円)
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年賀切手もお年玉切手シートも額面は41円+62円。

したがって、今年もそのようなことはないようです。どうしてそのような経緯になったのかわかりませんが、1972年だけのことのようです。

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これらのことを調べていて初めて知ったのですが、通常のはがきと年賀状とで料金が異なる、というのが以前にも、しかも割りと長い間存在したのでした。

1951(昭和26)年11月1日に郵便料金が改定され、はがきはそれまでの2円から、通常は5円、年賀は4円に改定されました。そして、1952(昭和27)年の年賀状に限っては2円に据え置かれたのです。この料金は、1966(昭和41)年7月1日の郵便法改正ではがきの料金が7円に引き上げられるまで続きました。

▼1952(昭和27)年の年賀はがき (額面は2円)

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▼1953(昭和28)年と1954(昭和29)年の年賀はがき

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右の1954年用の年賀はがきには、「12月14日以前、1月11日以後に差し出すとき、年賀状としないときは1円切手を貼り足せ」との注意書きがあります。

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以上、きょうの調べ物、でした。

https://twitter.com/kitteclub/status/926280784041988096https://twitter.com/kitteclub/status/926280784041988096https://twitter.com/kitteclub/status/926280784041988096

2017年12月31日 (日)

大掃除で発掘された小ネタ

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1990年頃の葛西臨海公園のチラシ。この頃東京03の電話番号は、9桁と10桁が混在していたなー、というのを思い出しました。9桁が一斉に10桁に切り替えられたのは、1991年の元日でした。年またぎのテレビ番組で、繰り返し告知していたのを記憶しています。

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1994年頃の豊島プールのチラシ。豊島プールは老朽化により2000年に休止、その後廃止。現在は南長崎はらっぱ公園に。

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ハイルバードは、西落合にあった健康ランド。2004年頃に閉店。現在は、光学機器を扱う会社が使っています。建物(外観)は当時のままなので、中がどうなっているのか、いつも気になってます。

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中野区立江古田児童館のチラシ。江古田児童館は2010年までに廃止。跡地は保育園になりました。

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2010年に廃止された慈正会病院のパンフレット。病棟の増築工事の途中で経営が行き詰まり、ながらく放置されていた記憶があります。現在は別の法人が事業を継承し、総合東京病院になっています。

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1994年12月の秋葉原の電気店案内図。まさに秋葉原が電器の街だった時代の最後の頃。いちいち比較するのが難しいぐらいの変貌ぶり。



2017年10月28日 (土)

【錦糸町界隈】鎮守稲荷が復活

2014年1月に書いたもの。

【錦糸町界隈】鎮守稲荷大明神
http://egotadp.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-38b0.html

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その後、稲荷を含む周辺の店舗が取り壊され、相鉄系のホテルが建設。まもなく完成の見込み。そして、きょう通りかかったら、鎮守稲荷が復活してました。

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2017年8月30日 (水)

今週の日経ビジネス

今週の日経ビジネス。日本の漁業を特集しているが、生産者批判に終始。冒頭の例示から違和感。魚価の高騰により500円ランチにする魚の調達に苦労している、提供できる魚の種類が限られてくる、と。

ただ、この店舗がさくら水産天王洲店。文中にもあるとおりオフィス街に立地する店舗。こうした立地の店舗で「500円ランチ」を売りにすることに、そもそもの違和感。安定した収入のある人が客層の大半を占める店舗であれば、品質にこだわったりや多様な選択肢を提供するなど、低価格のメニューに頼らずとも打つ手はいくらでもあるはず。

生産者に対する応分な負担、といった消費についての考え方の転換がなければ、いつまでたっても安値で買いたたく、という構造から抜け出すことはできないはず。

傍観者の立場で、一見独善的に見える、あるいは、前近代的に見える生産者の在り方を批判するのはたやすいが、消費者や流通過程(特に小売り、特にスーパーや外食)の現状を問題なし、と前提するならなんと皮相な特集だろうか。

http://business.nikkeibp.co.jp/nbs/nbo/base1/index.html?xadid=001

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https://www.sakusui.jp/shop/detail.html?shop=063

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2017年8月16日 (水)

【毎日新聞】 ウラから目線 女性、男性、その他=福本容子

引用元はfacebook(8/16)

https://www.facebook.com/mochizuki.kazuo/posts/1026411707495860?pnref=story

引用ここから「

ウラから目線 女性、男性、その他=福本容子

毎日新聞2017年8月15日 東京夕刊

 誘惑に負け、ついにアップルウオッチを買ってしまった。米アップル社の製品で、腕時計というよりスマートフォンが腕時計になった感じ。

 ワクワクしながら初期設定をしていてハッとした。自分の性別を選ぶところで、選択肢の順番が女性先、男性後になっていたのだ。半世紀以上の人生で初の体験かも。

 それにしてもなぜ今まで、疑問に思うことなく2番目に○をしてきたのだろう。少なくとも日本では女性が過半数。たまに1番目があっても罰は当たらないはずだ。何万回と繰り返すうち、「女性は2番目」が脳に刷り込まれてしまったみたい。

 驚きはそこで終わらなかった。性別の選択肢に3番目があったのだ。「その他」。「女性」も「男性」も選びたくない人たちのためなのだろう。「同じ立場の人たちを励ましたい」と、自分が同性愛者であることを公表した最高経営責任者がいるアップル社らしい。

 でもアップルだけじゃなかった。

 カナダでは今年、役所が親の希望に応える形で、生後8カ月の赤ちゃんに、性別を記さない健康保険証を初めて交付したそうだ。

 英国では、ミスター(Mr=男性)、ミセス(Mrs=既婚女性)、ミス(Miss=未婚女性)、ミズ(Ms=既婚女性でも未婚女性でも)に加え、最近ミクス(Mx=誰でも)の使用が増えているという。

 米国のハーバード大学は、入学した学生が学生登録をする時、どの代名詞で呼ばれたいか選んでもらっている。選択肢には、「he(彼)」、「she(彼女)」に加え、中立的な「ze」という新しい単語も。通常複数形(彼ら)で使われる「they」を1人の人に対して使うことも可だ。他の大学でも動きが広がっている。

 その点、日本語は便利。「様」や「さん」は男女関係ないし、いちいち「彼」とか「彼女」とか代名詞を使う必要もない。世界の先端。ここはもう一歩踏み込んで、何の疑問もなく日々繰り返される「男」「女」の性別選択をやめてみては?

 「女は2番目の性」という刷り込みと決別する意味があるし、女か男かの枠にはめられたくない人たちの苦痛を和らげることもできそう。

 まずは問いかけることから始めたい。その性別欄、本当に絶対に必要ですか?(論説委員)

」引用ここまで

2017年4月11日 (火)

JXTGグループが発足

JXと東燃ゼネラルが4月1日に経営統合しました。スコーンと忘れてましたが、変遷図を更新しました。

図B(JX)、図F(東燃ゼネラル)には、もうおさまらないので、図Hを新たに作成しました。統合前の両社の変遷は簡略化して1枚にまとめています。

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http://egotadp.biz/sekiyuMotouri/index.htm

2014年4月 6日 (日)

さくらのまとめ 2014

東京の桜は、今週末で見納め。ということで、錦糸町駅近辺の桜のまとめです。
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旧・墨田児童相談所(江東橋1)。ここは江東区に移転してしまって、現在は空き家。もしかしたら、今年で見納めかも。
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江東橋1-8。
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江東橋公園(江東橋2-4)。
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かつて竪川にあった牡丹橋のたもと(江東橋3-1)。
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深川七中(毛利1-14)。
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あそか病院(住吉1-18)。
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大横川。菊川橋(住吉1~菊川3)からの景色。
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菊川駅前交差点。
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菊川小学校。
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江東橋2-19
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大横川親水公園。長崎橋跡付近。
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錦糸中学校(石原4-33)。
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横川小学校(東駒形4-18)。
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もみじばし児童遊園(本所4-8)。
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カトリック本所教会(石原4-37)。
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本四三ツ目児童遊園(本所4-1)。
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法恩寺橋児童遊園(石原4-28)。
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大横川親水公園、法恩寺橋付近。
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2014年2月 5日 (水)

【錦糸町界隈】緑四丁目で解体工事始まる

緑四丁目で解体工事に遭遇。

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ちなみにこの家屋、錦糸町駅周辺では数えるほどしか残っていない、戦後すぐ(もしかしたら戦前)の建物。

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ピンぼけですが、「昭和25年 固定資産税家屋調査済証」です。左の建物の玄関に貼られているもの。これがあると、少なくとも1950年には存在していた建物、との判断材料になります。

固定資産税は、1949年のシャウプ勧告を受けて、それまでの地租にかわって制定されたもので、昭和25年の調査はその第1回のものです。「家屋調査済証」は、交付された時期によっていろいろなデザインがありますが、実施年が記載されているものは(知る限りは)この第1回のものだけです。

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解体前(2013年4月)に撮影してあった写真。おそらく外壁は、のちに塗り替えられたものと思われます。

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右の建物の正面。

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左の建物の正面。

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何でもかんでも保存すればいい、という立場ではありませんが、やはり残念ですね。

2014年2月 4日 (火)

【錦糸町界隈】津軽稲荷の地口行灯

初午(今年は2月9日)を前に、津軽稲荷に地口行灯が掲げられました。

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境内のもあわせると、かなりの数になります。

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この行灯も、普段は見られないもの。

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地口行灯のいちらんはこちら。訳が間に合ってませんが。
http://homepage1.nifty.com/egota_dp/oyokokawa/tsugaruInari.htm

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